どんな小さな不正も許せない!

差掛篤

どんな小さな不正も許せない!

G氏は他人に厳しかった。


車に乗っていても、スピードオーバーの車や、一旦停止を無視する車には激怒していた。


毎日、テレビのニュースを見ては、政治腐敗に怒り、著名人の破廉恥な不祥事に怒り、横暴な暴力国家が力を誇示すると義憤にかられていた。



G氏は言った。


「ああ、もう本当に腹が立つ。なぜ、世の中のやつらは、決まりを守るということがこんなにもできないんだろう。おれはどんな小さな決まりでも絶対に守る。決まりを守らぬ奴など、死んでしまえばいいのだ」


極端だが、これがG氏の日ごろの本音だった。


そんな時だった…


「はい!どうもこんにちは!宇宙人です!」青く光るオーラと共に、銀色の宇宙人が目の前に現れた。


ここはG氏の自宅である。


「何者だ!住居侵入罪だぞ!」G氏が怒鳴る。


「はいはい。おけおけ」宇宙人は指先から光を放った。


光を見たG氏は、その宇宙人が本物であり、信頼できる人物であると信じるようになった。


「Gさん。私は太陽系を創造した宇宙人の一人です。いわば神ですよ、神。そんな私から、地球人のあなたにプレゼントです!」宇宙人は元気に言った。「あなたのお望みをかなえましょう!法律違反をするような不届き者に、正義の鉄槌を与えようではありませんか!」


「それは素晴らしい!是非頼む、おれはこの世の悪にむしゃくしゃしてるんだ」


「ですが…一点だけ注意です」宇宙人は言った「この措置はですね。全人類に及びます。つまりは、あなたにもかかってくるわけです。法律違反をした瞬間、あなたは心臓発作を起こし死んでしまいます。それでもかまいませんか?」


G氏は一瞬躊躇したが、すぐにいきまいた。

「かまうものか、俺は何の法律も犯さん。清廉潔白だ!さあ、とっととその措置とやらを頼む」



宇宙人は笑顔で言った。

「分かりました!すばらしい。これでまたひとつ、我々宇宙人と地球の距離が近づきましたね」


宇宙人がパチンと指を鳴らした。

「はい、これでいいですよ。外を歩くときは気を付けてくださいね。それと、次はおそらく2億年後くらいにここに来ると思いますので、嫌になったらその時に教えてください」

宇宙人はそれだけ言うと、光と共に消えていった。



G氏が家の外に出ると、一旦停止の線を越え、交差点の真ん中で車が止まっていた。

ドライバーは泡を吹いて絶命していたのだ。



G氏と宇宙人により、この日本は修羅場と化した。


そもそも、法定速度を下回るスピードで走っている車はどのくらいいるものだろう。


車に乗っていて、信号の付近、スクールゾーン、一旦停止付近…とにかく交通違反が起きやすい場所で、心臓発作を起こし死ぬものが続出した。


チンピラや、ごろつき、ギャングはもちろん、脅迫的なセールスマンや悪質商法を営む者も、次々と死んだ。


ちょっと魔が差した路上生活者の万引きや、酒に酔った末のけんかなどでも、もれなく死んだ。


日本中でこの怪死事件は騒ぎとなり、警察官の手が足りず、職務怠慢や不作為で死んでしまう者すらいた。


しかし、この惨状を目の当たりにしてもG氏は高笑いしていた。


彼は稀有な強情ものだった。



「はっはっは!よろしい!社会が浄化されていく!どんな些細な違反でも見逃すな。俺のように清廉潔白に生きるものだけに世界はふさわしいのだ」


G氏はそう言って、自慢のいい歳した茶髪をなびかせ、外車に乗ってどこかへ向かう。



そう、愛する人の家だ。


G氏は、愛する人に与えた高級マンションに入り、出迎えた香水のニオイをバンバンさせた愛人と抱き合った。



「今日も、君も世界も美しい」G氏が言う。

そう。英雄色を好む。

不倫は違法行為ではない。


その時だった。


「あなた!私というモノがありながら!」


G氏は振り向く…なんと妻だ!


しまった、妻が付けていやがったのか。


でも俺のような、敏腕経営者が愛人のひとりふたりいたところでステータスだ。


何が悪い。違法でもなんでもない。


そう思った瞬間だった。


G氏の心臓は、刃物を突き刺されたように痛んだ。


限界を超えた苦痛、G氏は地面に倒れた。


G氏は愕然として、自分の心臓を抑えている。


「なぜだ!」という言葉が浮かんでいるような目つきだ。




その時だった。


なんとG氏のすぐそばが光り輝き、宇宙人が現れた。


「すみません、G様。この前の件、一応補足として伝えておきますけど、刑法とか道路交通法だけじゃなくてですね…Gさんが『どんな決まりでも必ず守る』っておっしゃったので、そりゃあ素晴らしいと。だから民法の『不法行為』も加えて置きました。ですので気を付けて‥‥あ、ひょっとして遅かったですか?」




民法


(不法行為による損害賠償)


第709条

  故意または過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。




教訓:不倫も不法行為と認定される。恋多きあなたはご注意を。

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