第7話【元勇者、報酬を受け取る】

「それと、これは娘の護衛代金だ。もっとも護衛代金とは名ばかりで娘を助けてくれたお礼になる、そう多くはないが受け取って欲しい」


 へスカルはそう言って貨幣の入った袋をテーブルの上に置いた。


「なんだかかなり多いような気がしますがいくら入っているんです?」


「たかが金貨20枚だ。娘の無事に比べたらタダみたいなものだが他の護衛との兼ね合いもあるのでそれで了承してくれると助かる。そのお詫びではないが、今日は妻が経営している宿に泊まっていくといいだろう。この後で娘に案内をさせるのでゆっくり休むといい」


 へスカルはそう言うと隣に座っているミリーに「後は頼む」と伝えてから席を立った。


「では宿に案内しますね」


 へスカルが部屋を出た後でミリーはそう言って俺を連れ出した。


 宿は商会のちょうど裏手にあり、店を出てすぐにたどり着いた。


「この宿は私のお母様が経営していてこの街では高級宿としても豪商や貴族様の御用達として使われるくらいの知名度がある温泉が有名な宿なんですよ」


 ミリーはちょっと嬉しそうな表情でそう教えてくれる。


「それは楽しみだな」


 勇者をやっていた時はとにかく時間との戦いだったから高級宿でゆっくり温泉とかは夢のまた夢だったので自ずと期待をしてしまう。


 宿に入ると受付の女性がミリーを見てお辞儀をしながら挨拶をする。


「おかえりなさいませ、ミリーお嬢様。奥様が書斎でお待ちになっておりますのでお客様とご一緒に向かわれてください」


「ありがとうセチ。すぐに行ってみるわね」


 ミリーはそう言うとこちらをちらりと見てから「こっちよ」と俺の前を歩いてくれた。


「お母様、ミリーです」


 重厚な扉の前にたどり着いたミリーがドアをノックして部屋の中に声をかける。


「どうぞ」


 中から声がかかるとミリーがドアを開けて先に部屋へと入ると中では30代半ばに見える美しい女性が机の上の書類の整理を行っていた。


「お母様、お客様をお連れしましたわ」


「ええ、ありがとう。話はへスカルから聞いているわ。私はミリーの母親でマーレといいます。娘を助けてくれたそうね。アルフさんだったかしら、本当にありがとうございます」


 マーレは仕事の手を止めて椅子から立ち上がってお辞儀をしながらお礼を言った。


「いえ、自分も偶然通りかかっただけで多くの人が行き交う街道にあんな獣がいるとは思わなかったです。そこでミリーさんの乗った馬車に付いておられた護衛の方々と協力してなんとか討伐に成功したところです。とても自分ひとりでは難しかったと思います」


「あらあら、聞いていたとおり謙虚なひとなんですね。娘や護衛のリーダーから聞いた話だと護衛の者だけでは到底討伐しきれない獣と遭遇した際にアルフさんが飛び出してきてあっという間に片付けてくれたと報告を受けてますよ」


 マーレは微笑みながらそう言うと「明日ギルドに顔を出すと聞いていますので今日はこの宿に泊まっていってくださいね」と宿泊をすすめてくれた。


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えてひと晩だけ泊まらせていただきます」


 俺はマーレ夫人の言葉にお礼を言って頭をさげた。


「――では、今晩はこちらの3階の角部屋をお使いください。お食事は部屋にお持ちしますのが温泉は1階の受付横から奥に入ったところにありますので受付に声をかけてからお入りくださいね」


 マーレ夫人から指示を受けた先ほど受付で会ったセチが部屋へと案内をしながら説明をしてくれた。


「ありがとう。食事の前にさっそく温泉に入らせてもらうよ」


 部屋の場所を確認した俺はそのままセチに案内をしてもらって温泉へと向かう。


「アルフさまは温泉は初めてですか?」


「そうだね。本格的な温泉宿の温泉は初めてになるよ」


「本格的でない温泉があるのですか?」


「あはは。まあ、あれを温泉と言っていいかわからないけど火山地帯の川には湧き水が温泉になってるところがあって周りに宿もないからそこに入って休んだりしてたんだ」


「自然の温泉なんですね。景色が良くて気持ちよさそうですね」


「まあ、そうなんだけど気をつけないとサルが服を持って逃げようとするからのんびりとは出来なかったんだよ」


「そ、それは困りますね。でもアルフさまは多方面に行かれた事があるのですね。私はこの街で生まれてこの歳まで他の街に行った事がないので羨ましいです」


「いやいや、定職のないフリーの冒険者なんてみんなそんなものだと思うよ。それよりも君みたいに若いうちからしっかりと働けるほうが凄いんじゃないかな」


「そう言ってもらえると嬉しいです。あ、ここから奥が男性用の大浴場になりますので私はここまでで失礼しますね。あがられたら受付に教えてもらえればお部屋にお食事をお持ちしますので……ごゆっくりどうぞ」


 セチはそう言うとお辞儀をしてから受付の方へと戻って行った。


(いや、しかし従業員が良く教育されている宿だな。街でも有数の高級宿だと言ってたがそのあたりも支持される由縁なんだろうな)


 俺はパタパタと戻るセチの背中を見送ってから男性用の大浴場へと足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る