第4話 少年と母
少年が風人の後ろに隠れたので、男が何かを仕掛けて来たときのために身構えるが、男はそのまま風人の横を通りすぎ、さきほどの行列の最後尾をふらふらとついて歩いて行った。
風人の後ろで少年は震えている。
「君、大丈夫?」
風人が抱いているトイプードルのリョーコが、そう声をかけるとびっくりして少年は目を丸くした。
「怖かったね。もう大丈夫だよ」
風人が少年に言った。
「怖かった。どこかへ連れていかれるかと思った」
少年は震え、怯えていたが、しばらくすると落ち着いたのかリョーコの鼻先に手を伸ばした。
「わんちゃん、しゃべれるの?」
「私、リョーコ。よろしくね」
「すごーい!ほんとにしゃべれるんだ!僕冬樹だよ。大原冬樹。5年生」
「今日は一人でどこかに行くところなの?」
「土曜日は午前中塾があるんだ。さっき終わって今からバスに乗って帰るところ」
「へええ、土曜日も塾なんだね。たいへんだ」
恐怖感が払しょくされたのか、男の子は元気に話にのってくる。
ひょっとしたら無理に明るく振舞っているのかもしれないと思い、少年を元気づけようと風人はある提案を出した。
「冬樹君、今からパン屋に行くんだけど、食べたいのあったら買ってあげるよ」
「え?いいの?」
冬樹は小さく跳ねて喜んだ。
「風人がひとにおごるなんて珍しいわね」
「珍しいは余計です」
「ちょっと待って。あたしの食べるパンも」
と、リョーコがもともとぷっくり膨らんでいる頬をさらに膨らませて言った。
「わかってますって」
大きなトレイの上に風人がよりどりみどりのパンをとっては載せた。気の利いたお店で、犬用の無添加パンも置いてあり、リョーコの目が輝く。
パン屋を出てバス停まで少年を送ると、タイミング悪く、ちょうど乗るはずだったバスが出たところだった。
「あー、、、」
顔を見合わせる二人と一匹。時刻表を確認すると次のバスが来るまで1時間ほどあった。
少年の家の場所を尋ねると、現在地とはさほど離れていなかった。尾道駅から福山市の方向へ車で20分ほどの距離である。
「遅くなるといけないから、もしよかったらだけど、お兄ちゃんがおうちまで送ろうか」
バスに乗り遅れてションボリしている冬樹に風人が言った。
「でも、パンも買ってもらったし」
「子どもは遠慮しないものよ」
リョーコが言った。
「姉さん、冬樹君が気に入ったのですか?」
「まあね」
「珍しいですね。姉さんは子供が苦手だと思っていました」
「子どもってさあ、私をみると掴んだり耳引っ張ったり肉球ぎゅーってしたりするんだけど、冬樹君はしないもん」
二人と一匹は軽キャンパーで冬樹の自宅に向かった。
運転席の風人、助手席にリョーコ。後ろの居住スペースに冬樹が乗っている。風人は運転しながら先ほどお店で買った犬用パンを細かくちぎっては助手席のリョーコに食べさせている。
冬樹が車に酔ったりしないかなとバックミラーを見るが、冬樹の姿が見えない。
と、助手席の後ろから顔を出して、リョーコを撫でていた。
冬樹に聞いた住所をナビに入力したうえ、助手席の後ろからから身を乗り出して案内してくれる冬樹のおかげで、20分もせず冬樹の家に着く事ができた。冬樹の家は高台の分譲住宅地にあり、北側が山の斜面、南側が開けて瀬戸内海が見えていた。が、最後の路地を曲がったところで、庭にパトカーが停まり回転灯が回っていることに気が付いた。
「あれ?パトカーじゃないですか?」
風人が言った。
家の横の路地に車を停めると、背の高い目つきの鋭い背の高い女性が、華奢な女性と二人、庭で立って話をしているのが見えた。
風人が車を停めると、助手席からいつの間に出たのか、冬樹が、華奢な女性の方に向かう。冬樹の姿を見た華奢な女性が歩み寄ってくる。風人もリョーコを抱いて後を追う。
「お母さん、どうしたの?」
華奢な女性が冬樹の母親らしい。
冬樹の後ろに立つ風人。
「おうちに空き巣が入ってね。お父さんの部屋の窓が割られて気が付いたの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます