・断章⑭【カンボジア・ベトナム戦争】
「また貴様かダイスキー・ニジマ!?」
「ダニエル・ニシジマですよう」
民主カンプチア。かつてベトナムから米軍とアメリカン・ヒーローを駆逐した超人レッドナポレオンは、見知った童顔の日系アメリカ人の姿に辟易の声を挙げた。
へぼ戦場カメラマンだ。日本人のサワダと違ってまるで良い写真を撮れないが、サワダと違って死なない。命冥加な奴だ。
「今度こそ、ね」
「……ふん」
今度こそまともな写真を撮りたいんだとへらりと笑うニシジマに、レッドナポレオンは嘆息した。こいつには、サワダには見せられないような状況も見られている。米軍がソンミ村にばらまいたゾンビウィルスを我々がどう処理したかも、内輪揉めも、そして中ソの【親切な援助】で行われた【オブイェークト・ハイパーチュン】等の酷い有様も。
……化学兵器で汚染された余命幾ばくも無い少女二人を改造した人間蜘蛛じみた怪物的超人兵器は、関わったアメリカン・スーパーヒーローを恐慌と狂気の中死に追いやるだけでなくベトナム側にも恐怖とトラウマを刻み込み、ベトナムに戦後における中ソや
「まあいい、好きについてこい」
「にしても、またですか」
今度こそ、と言いなら、自国からアメリカ軍を追い出したのに今度は隣国で戦争ですかとニシジマは指摘した。それに対して、レッドナポレオンは前を見据えたまま答える。
「地獄が、あそこにもある。我々も地獄を作った。地獄に行くだろう。戦友の居ない天国に行くつもりなど毛頭無い。戦友と友に、地獄でも米軍とヒーロー共を退治してやる。だが、国境を越えた先にある地獄は、我々の地獄より酷い地獄だ」
戦場を知らぬお花畑の住人はアメリカ帝国主義を打ち破りアメリカンヒーローの偽善の仮面を剥いだ真のヒーローだと言う。己がそんなものであるものか。そうではない事は己が一番知っている。勝つ為ならどんな手でも使った。だが、それでも許せない悍ましいものがある、と。勿論、キューバ三重危機方式で対民主カンプチア戦争においてその悪への対処を国際社会に訴え
「カンプチアの地獄も見せてやろう。ついてこい」
「すいませんフィルム忘れました、買ってくるんで待ってください」
「ド阿呆!」
――――――――
「ぬおおおおおっ!!」
民主カンプチア、プノンペン。
粗製巨大超人の群れと自分達とは別に暴政と粗製巨大超人の輸出が猖獗を極める民主カンプチアの現状に遂に飛び込んだ巨大ロボットの軍団が轟音立てて殴り合う中、飛び交う兵器による爆発と瓦礫を避けて必死に走ったレッドナポレオンは間一髪、元学校と思しき建造物の扉を蹴り明け中に突入し一息ついた。これで
「しかし……ここがあのプノンペンか」
駆け抜けたプノンペンは、破却された文明の痕跡としか言いようのない程の荒れ果てた惨状だった。
屍と飢餓者、収容所と廃墟、その繰り返しだった。狂気と痴愚がもたらす人類の自壊。それを行い続ける、何かに取り憑かれたが如き有様の、否、明らかに改造手術や薬物などで作り替えられた人民達。
「あああああああ!」
「うわ、また無事なのかお前」
「酷い!?」
直後、同じように転がり込んできた戦場カメラマンのニシジマに、超人じゃ無いのに何で毎回コイツは無事なんだとその脅威的豪運ぶりに思わず素でレッドナポレオンはドン引きした。
「う、うおおっ!?」
「何、お前は!?」
「そ、それはこっちの台詞だ!?」
ところがそこにもう一人転がり込んできた。お互い、見知った顔だった。黒い縮れた長髪、悲しげな垂れ目、筋骨隆々の肉体……即ちベトナム戦争を戦ったアメリカン・ヒーローの一人、ファストブラッドである。
「何故また来た」
「べ、ベトナム戦争で行方不明になった兵士やヒーローが、カンボジアに脱走したキャプテン・ガッツの捕虜になっているかもしれないという噂があって……故郷で事件を起こしてしまって、減刑の為にも罪滅ぼしの為にも確かめて本当なら救出するという任務を受けて……誰か一人でも助けられれば……助けたくて……」
「……そんな甘い話があるものか。仮に生き残りが囚われていたとしても、もう自我は原型を留めてはおるまい」
恐るべき強敵との再会、過去のトラウマの再発に震え声で話すファストブラッドだったが、その理由には彼の善性が滲んでいた。故に。レッドナポレオンも微かなすまなさを感じ、しかし、厳正にそう告げた。この国の狂気を思えば可能性はゼロであるし、加えてキャプテンガッツ自身も、最後に見た時は完全に発狂していた。
「ここは狂気の国だ。まるで異次元だ」
建物の入り口から外の情勢を伺う。攻め寄せた
「先を急ぐぞ。情報によれば、ロット・サリ……ポス・ポルはこの先にいる」
「「ポス・ポルが!?」」
「ああ、だが……」
巨大超人でないレッドナポレオン達がこの状況に介入出来るとしたら、民主カンプチアの長にしてフランス語の【
建物の奥へと進み、辿り着いた、事前の諜報活動で存在の情報を得た地下へと降りる秘密通路。その闇の奥を見据えるレッドナポレオン。その言葉に驚くニシジマとファストブラッド。……ガラスの無い窓の外で、雷が落ちたかのような凄まじい光と、雷ではありえない奇妙で宇宙的な音。闇の深さが一瞬強調された。
(外で激しい光、それにあの音。来たか、ハイパーマン)
「……先に進むには、戦う必要があるな」
「こ、子供達とか!?」
「……行って止めねば、犠牲になる子供が増える」
先頭に立ち呟くレッドナポレオン。闇の奥から湧いて出た者達が立ちはだかる。
人間大の怪獣と言うべき
だが、レッドナポレオンは踏み出した。込めた怒りのせいで強く握りすぎた拳から涙の代わりに血を滴らせながら。背後、ファストブラッドも逡巡の後、戦うべく身構えるのを聴覚で感じ取りながら。
――――――――
「逃げろ! 巻き込まれるぞ~~~~~~~~っ!!!!」
その結果、結論から言うと窮地に陥った。
「究極の共産主義とは原始共産制であり、究極の原始共産制とは正に私達そのものが原始に帰る事です。究極の社会とは生態系です。究極の解放とは自我そのものからの解放です。Drチャイヨーはよくやってくれました。粗製巨大超人と怪獣の研究の果て、私達は遂にそれを成し遂げた。全ての人間を怪獣と化し、苦悩無き緑の星を作るのです」
側近となっていたキャプテン・ガッツの打倒には成功した。
だが、
「
ロット・サリの
「ボボボボボボボボボ……」
物陰に隠れたレッドナポレオンの背後。地を割って顕れたのは、無貌の昏き悪魔、とでも言うべき姿の
「ボルボドン」
名乗るが如く、
樹皮の黒と枯れ木の白が組み合わさった病み歪んだ大樹の如き肉体は、人と目の無い昆虫を取り混ぜたようでもあり、悪魔のようなねじくれた角と羽を持っていた。虚のような眼窩だけある顔を縦に両断する亀裂と、肺と心臓を摘出したがらんどうの肋骨めいた構造の胸部に、鬼火めいた炎が超自然の歪んだ光を点し燃えている。
「何とか助かったが、クソ、どうすればいい!?」
ファストブラッドが叫んだ。何だかんだいってヒーローだ、このままでは確実に世界を侵食し、更には粗製巨大超人と戦うハイパーマンを絶体絶命の危機に陥れかねない怪物を放置できない。
「私は、私はお前が欲しかった! お前になりたかった! お前が、お前をぉ!!」
「確かに、あそこにアレが加わったら……」
ハイパーマンはダークハイパー達と激しく戦っていた。能力の差を覆し、他の粗製巨大超人を全て使い潰す程の妄執で操り、執念の叫びと共にダークハイパーが食らいついている。それを見て危惧するレッドナポレオン。歴戦の勘が、これは拙いと告げている……
「よく分からないけどなんか機密っぽい研究書類取ってきた」
「「それだ!でかした!なんか手がかりになるかもしれん!」」
そこで空気を読まずにひょいと紙束を取り出すダニエル・ニシジマに、レッドナポレオンとファストブラッドの声がハモる。
そして、同時。
「……貴方達と一緒に、祖国に帰る事になるなんてね」
「祖国が我々の日本に於ける戦いは終わった、としたのだ。我々は貴方に遺恨を抱かない。今は唯、東南アジアに於ける戦いを終わらせ、そして日本を襲う世界への脅威を祓うだけだ」
日本から撤退したが未だ活動する万能戦艦高天原が、この民主カンプチアの窮状を訴える為に日本へ脱出したプラチナマスクを乗せ、決戦の場に向かっていた。
この日、民主カンプチアは解放される事になる。
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