第三章 霞ヶ丘小女子児童自殺騒動11

 チャプター22 子供って


 未来を知った。

 結末を知った。

 自分の行く末を知ってしまった。

 そんな時、人間はどう動く? そのまま座して待つのか? 知っているのに? 自分がこのままでは死んでしまうと、自殺してしまうと、そう知ってしまったというのに?

 この数日で――。

 未来は変えられると。結末は変えられると。全体の大きな流れは変わらずとも、行く末を、違ったものには出来ると、そう知ってしまった時。

「お前ならどう動く?」

 俺のその真剣な言葉を聞いて、レンは腕組し、こちらの言いたいことが分からないのだろう、訝しげに返してきた。

「なんとかしようとするだろ。とりあえずは」

 翌週開け、学校、教室前廊下。レンは次々登校してくるクラスメイトを壁に背を預けながら眺めていた。俺はクラスメイトに背を向けている。

「考えたんだよ」

「何を?」

「俺のあの見た夢。あれはやっぱり何かしら意味のあるものなんじゃないかって。示唆っていうか、思し召しは違うか? 可能性? ええっとお」

「正夢になるかもってこと?」

「そう!」

 小学三年生に言葉を訂正された。が、しっくり来た。

「正夢。正に正夢」

「考え過ぎだと思うけどな」

 レンは納得がいかないようだ。

 レンには先日、また家に来た際、ここに来る前に見たあの夢の内容を話していた。実際、他人の見た夢の話程どうでもいい話はない。レンは聞き流している風だった。或いは、俺の描く落書きに夢中で、俺の見たけったいな夢の話などどうでもいいかのようだった。

 一応、頭の片隅には引っ掛かっていたらしい。

 ――意外や意外。レンは絵がけっこう上手かった。

 もちろんこの年の子にしては、という範囲ではあるが、続けていけばどんどん上手くなるだろうなと思わせる絵だった。……続けていけばである。結局、みんな辞めちゃうんだよなあ。それにレンの場合……。そういうのもあって、俺は熱心に、自分なりに、レンに絵を伝えた。充実した時間だったが、今はどうでもいい。

「どうすれば、小学生が教室で銃ぶっ放すことになるんだよ」

 呆れてレンが言う。

「愛の家に空き巣が入っただろ? あれ、自演だとしたらどうだ?」

「じえんって?」

「自分でやったってことだよ」

「ええー。なんだそりゃ。無理ないか」

「そうか? 自宅なら何がどこにあるかぐらい把握しているはずだろう」

 見せかけることくらいは子供でも出来るはず。

「だって、空き巣が入ったのってあの日だろ? 俺たちが山に行ってた時。愛ちゃんが帰ったのってけっこう遅かっただろ。もう空き巣に入られた後じゃあ」

「愛なら家の人の帰宅時間くらい把握しているだろ? ああいう家だし、忙しいのかもしれない。それに、あいつあの日やけにそそくさ帰ってったじゃないか。

 ここ数日関わってて思ったんだが、意外と思い付いたらすぐ行動するような奴っぽいんだよな。俺の話を聞いて、居ても立っても居られず、それを思い付き実行に移したとか」

「銃を盗むことを? 他の金目の物は?」

「それはカモフラージュだ。木を隠すなら森の中って言うだろ。どこかに隠してあるんだ。きっと。窓を割ったのもカモフラージュで空き巣に見せかけただけで」

 レンは押し黙った。考えているようだ。やがて口を開く。

「待てよ。銃盗んだからって何なんだよ。そもそもの自殺の原因がまだ分かってないんだろ。誰にぶっ放すんだよ」


「元町(もとまち)先生」


 俺は告げた。その名を告げるのには流石に緊張した。

「……元町先生?」

 レンが訝しげに訊き返してくる。

 俺はここ数日で思い出したことを順々に告げた。

 愛が自殺する前後元町先生とすれ違ったこと。元町先生が放った『整理したんですよ』という、意味深な言葉と、度々俺たちの前で口にし、年々その度合いが多くなっていったあの説教、それから鳥雲会の掲げる思想との類似点。

 今はそうでもないんだがな。

 ただ、この後だんだんと酷くなってくるんだよ。俺たちが、いつもいつもしつけーな、この先生。と、うんざりするくらいには。

「元町先生が、その妙ちきりんな宗教信じてるからってなんだってんだ?」

 レンがひそひそ話をするように顔を寄せてくる。応えるように俺も小声になった。

「分からないか。だんだんと教団に提供出来る物が無くなってきたんだよ。教団に置ける己の立場も危うくなってきた」

「それで? どうして、愛ちゃんが元町先生を撃とうとするんだ?」

「愛って妙にびくびくしているところあるだろ?」

「びくびく?」

「こっちはべつに強く言ったわけでもないのに、やたら怯えてて」

「そりゃ、良が強く言ったんだろ」

「たしか、元町先生にも怯えていたことあるんだよな。授業中だったかな」

 俺は思い出す。教科書に顔を隠して震えている姿を。

 俺はあの時、こっちを馬鹿にして笑っているんだとばかり思っていたのだが、実は隣に立つ元町先生に怯えていたんだとしたら……。

「教室にあまり来ないのも説明がつく。元々愛は先生に脅されていて、金を求められていた」

 レンは俺のその意見に、首を傾げた。

「いやあ……? 愛ちゃんって割と誰にでもああだぞ? 保健室登校してる理由は知らんけどさ。だからか松司なんか苦手っぽいし、震えてんのだって単に――」

「俺が何だって?」

「うわっ!?」

「うわっ!?」

 突然の振動に後ろから体当たり噛まされたかと振り返れば、そこに松司の顔があった。俺とレンの肩にでかい体を引っさげぶら下がっている。重てえな。

「お前、復活したのか」

「お前とは生意気だな、良夫の癖に。んなことより、お前ら面白そうなことやってんな。俺様に話して味噌漬けちょんまげ」

「……」

「……」

 俺とレンは顔を見合わせる。

 どうしたもんかな。これまた面倒な奴に聞かれちまった。いいや。まだそうと決まったわけじゃない。適当に誤魔化しでもすれば――。

「元町と崎坂愛がなんだって? 良夫が山で話してたわけわかんねー話とも関係あんだろ? たぶんな。あ、誤魔化そうたって無駄だから! よくわかんねーけど全部聞こえてたからな。俺様を舐めんなよ、良夫の癖して! お。陸ー! いいとこに。こっち来い! いいから! 鞄なんてどうでもいいから早く来い! あ? 少年探偵団ごっこだよ! 少年探偵団ごっこ! あ? 俺がコナン役だろ! 誰が元太だ! ぶっ殺すぞ!」

 お前、身体能力一体どうなってんだよ。

 何であの雪の中、あの距離で、あの小声で聞こえてんだよ。かなり気使ってたはずなんだが。

「はあ」

 子供は鋭いってことかな。松司の場合たぶん違うか。

 諦めて、洗いざらいぶちまけることにするか。

 とりあえず一端協力してもらおうか。裏付けも欲しいしな。

 元町先生を怪しく感じているのも、現段階だと俺がそうと感じているだけだ。とりあえず鳥雲会に出入りしているかどうかだけでもまずは知りたい。

「あいててて! がっ、つあっ! 松司! おい、松司!」

 横で登校してきたばかりの松司と陸が取っ組み合っていた。元気なもんだよ。二人ともインフル掛かってた癖して。

「良。馬鹿の考え休むになんとかだぞ」

 溜息をつく俺にレンが言った。

「下手の考えな」

 年寄りの小言みたいだなと言ってて思う。

 案の定レンは煩げな顔をした。

「うるせえ。どっちも良だよ。さっきも言ったけどさ。愛ちゃんて割と誰にでもああだからな? 繊細なんだよ、愛ちゃん。震えてるってのも良の勘違いだと俺思う。子供って大人には分かんない変なところでツボって爆笑するんだよ。そういうもんで、そういう生き物なの。いちいち行動に意味なんてねーの。良にはもう分かんねえ感覚かもしれないけどさ」

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