第12話 絶望
魔獣ジュオンオオイノシシは、ケガを負わされ「憤怒 (激)」の状態だ。
優奈との距離は、およそ10メートル。「斬撃波」や「刺突閃」といった呪力だけを飛ばすこともできるが、威力に劣る上に打った後に隙ができてしまう。
彼女は、槍形状に変化させた狼牙剣に最大限の呪力を纏わせ、一撃必殺を狙っている。
ナツミも、ハルカも見守ることしかできない。
下手に攻撃してしまうと、魔獣の攻撃対象が自分たちに変わってしまう。あまり距離が取れていない今、それをしてしまうと、優奈は自分たちを援護するための戦いに変わってしまい、おそらく魔獣は倒せなくなる。
突っ込んでくる大イノシシに対してカウンターの一撃を合わせ、大ダメージを与える。それが最も効果的だと、皆分かっていた。
しかし、少しでもタイミングがずれて優奈の攻撃が外れてしまうと、憤怒により462というとんでもない数値に跳ね上がった攻撃をまともに食らってしまう。
この時点で、優奈の攻撃力は槍と自身の力を合わせた240に呪術攻撃力を全力で上乗せしても320。魔獣のそれに及ばない。
しかし、魔獣の生命力は、それまでのナツミやハルカ、そして優奈自身の攻撃も積み重なって、187が残るのみだ。
数値は全て、読み取ったタクから念話により優奈に伝えられていた。
緊迫したにらみ合い。しかし、それも長くは続かなかった。
憤怒状態の魔獣ジュオンオオイノシシは、自分がダメージを受けることにも躊躇せず真っ直ぐ突っ込んできた。
全ての者を自慢の牙で刺し殺す……そう言わんばかりに。
しかし、リーチでは優奈の槍の方が勝っていた。
あとは、その巨体の突進による衝撃に槍を弾き飛ばされないように突ききれるか、だった。
優奈は、冷静だった。
前面に向けている二本の牙は、しゃくり上げるために下に引いている。つまり、頭部を前面に押し出している。
迫力あるその突進に怯むこと無く、優奈は渾身の力で突きを放った。
絶妙のタイミングで額にヒットした槍は、弾き飛ばされること無く魔獣に深々と突き刺さった。
槍を持つ優奈を後方に数メートルずらすほどの突進力。しかしそれすらも、魔獣自身のダメージを増加させる結果になった。
魔獣の目から光が失われ、その場に倒れた。
タクは、魔獣ジュオンオオイノシシの生命力が0になり、状態が「死亡」に変化したことを告げた。
それを聞いて、彼女は力が抜けたようにその場に座り込んだ。
するとそこに、それまで祈るように状況を見つめていたナツミとハルカが駆け寄ってきた。
「やったな、優奈っ! 優奈ならやり抜くって思ってたよ!」
「すごかったです、優奈さんっ! 」
二人とも涙を浮かべながら優奈に抱きついた。
「ありがとう、二人があれだけ魔獣を弱らせてくれていなかったら倒せなかった……」
優奈も涙ぐんでいた。
そこに、戦いの邪魔にならないようにと後方に控えていた教官の茜が、ゆっくりと近づいてきた。
「みんな、よく頑張ったわね。このメンバーで初めての実戦、それがいきなりの三つ星。十分に誇って良い戦果よ!」
茜も三人を称えた。
「……でも、本当に怖くて、戦っている最中、震えが止まらなかったです……だって、負けたら死んじゃうんですから……」
真面目なハルカの口から、思わず本音が漏れる。
「そうね。それで当然。だから、必要だと思ったら逃げるっていう判断も必要なのよ。今回はギリギリ戦えない相手ではなかったけど、今の貴方達に取ってはかなり強敵だった。昨日の模擬戦、早速役に立ったわね」
「そうですね、茜先生……あれで私たちが接近戦に弱く、そして優奈が強い事が分かりました。優奈、昨日は私たち、負けてちょっと落ち込んだけど、優奈が居てくれて良かったよ」
ナツミも正直に感想を伝えた。
「いえ、私の方こそ、今日の戦いでは最初なんにもできなくて……ハルカちゃんの言う通り、命の奪い合いの戦いが、こんなに厳しいんだって身に染みて分かった……」
優奈の手も、少し震えていた。
「そう、それが模擬戦なんかとの一番の違いです。負けたら死ぬ。それは心にとどめておいてくださいね。茜先生の言う通り、逃げて生き延びることも大事なんですよ。一旦退却して体勢を整えて、次で討ち取ればいいのですから」
ナツミの契約精霊であるリンがそう念を押した。
見た目はぬいぐるみのキツネのように愛くるしいが、なぜか威厳があるように見えてしまうのが、タクには不思議だった。
「まあ、けれども、時には逃げられないような相手に出くわすこともありますけどね。そんなときは、座学でも常々話しているよう、被害を最小限に抑えるためにバラバラに逃げるなど工夫して……」
教官の茜がそこまで話した時だった。
パーン、という鉄砲の音が、連続して二発鳴り響いた。
全員、驚いてその方向を見る。山小屋が崩れていたあたりだった。
続いて、男性の悲鳴が聞こえ、次の瞬間、何か大きな固まりが精霊巫女達の元に飛んできて、ドサリと落ちた。
全員それを見て、驚愕した。
鉄砲を抱えたまま、血まみれになっている、狩人・弥彦の姿だった。
「……あ……えっ……」
ハルカが声に鳴らない悲鳴を上げる。
ナツミも声が出せない。
優奈が慌てて治癒の呪法をかける。
その姿を見て、ハルカ、ナツミもまだ息がある彼に同じように呪法をかけた。
しかし、バキバキッという複数の木材が引き裂かれる音がして、山小屋の残骸をさらに壊しながら、その魔獣は現れた。
体高2.5メートルを超える、目が真っ赤で、全身が灰色~黒の毛で覆われた大きなクマだった。
タクが慌ててステータスを確認し、ぞっとした。
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名前:アカメハイイログマ
ランク:四つ星
状態:正常
生命力:5251/5283
呪力:111/111
戦闘力:1021
呪術攻撃力:123
防御力:530
素早さ:265
備考:
特殊能力 咆吼、爪攻撃、噛み砕き
体内に魔石を宿す大きなクマ。攻撃的な性格で、戦闘力も高い。
一度目を付けた獲物は、気が済むまでずっと追い続ける。
自分が食す以上に意味なく多くの獣 (人間含む)を襲うため、非常に危険。
その巨体ゆえの腕力と、鋭く長い爪は簡単に人間を引き裂く。
顎の力も強く、大木を噛み砕くことができる。
走る速度も速いため、普通の人間が近距離で出会ってしまった場合、生き残ることはまず不可能である。
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四つ星ランクの魔獣。
生命力、5000オーバー。
戦闘力も1000を超えている。
あれだけ手こずったジュオンオオイノシシでさえ三つ星ランク、憤怒 (激)状態で最大生命力1552、戦闘力462であったことを考えると、逃げ切れないであろう素早さも含めて、絶望的でしかない。
今、巫女達の足下で倒れている弥彦の姿を見て、タクの脳裏に「巫女達がこのような姿になってしまうのかもしれない」との思いがよぎり、精霊体の身でありながら、恐怖した。
「みんな、逃げてっ! 散り散りになって、一人でも生き残る可能性を残すのよ!」
茜が叫ぶ声の悲痛さが、状況が絶望的であることを物語っていた。
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