第7話 初の模擬戦
模擬戦の範囲は、訓練場の平坦な区画で、大きさで言えば半径50メートルほど。
タクが優奈に、ナツミの弓矢がどれほどの距離を狙えるか聞いてみると、おそらく区画の端から端まで……つまり100メートル以上飛ばすことができるとのことだった。
ちなみに、精霊と契約巫女の間では、二人だけが認識できる『念話』で会話することができる。それで他の巫女達に分からないように話をしていた。
それにしても、矢で100メートルというのは驚異だ、とタクは感じた。
さらに、ハルカの水弾、氷弾は、威力はナツミの矢に劣るものの、もっと遠くまで飛ばせるという話だ。
優奈は、模擬戦の前のウォーミングアップで、具現化した狼牙剣 (長刀形状)に呪力を込めて威力を上げられること、さらにはスキルである「斬撃波」や「刺突閃」を使用した場合、そこに込めた呪力そのものを飛ばすことで相手にダメージを与えられることも認識した。ただし、その距離はせいぜい数メートルだ。
つまり、接近戦に持ち込まねば、優奈に勝ち目はない。
直接攻撃力そのものでは優奈に分がある。
とはいえ、二対一、しかも優奈にとっては精霊巫女として初めての模擬戦なのだから不利なことには変わりなかった。
茜による「開始」の合図と共に、優奈が並んで立っているナツミとハルカに突っ込んでいく。
ナツミが矢を射かけて来るが、それを優奈がとんでもない反射神経で躱しながら進む。
予想以上の動きの鋭さに焦っているようなナツミ。
優奈は、これはいけるかも、とさらに加速して、10メールほどにまで近づいたところで、目の前に突如現れた水の壁に弾き飛ばされ、
「きゃぁあ!」
と叫んだ。
間一髪、倒れることは無かったが、目の前の光景に唖然とする。
そこにあった水の壁は、半透明で薄いのだが、かなりの速度で渦を巻いており、ナツミとハルカを完全に取り囲んで防御していた。
優奈が試しに長刀を振りかざし、『斬撃波』や『刺突閃』を打ち込んでみるが、強力な水流に阻まれて弾き飛ばされる。
ハルカの呪術、『水流壁』の向こうは、ぼんやりとしかその様子が見えない。
「こっちからは攻撃できないか……けど、それは向こうも同じじゃないのか?」
タクが優奈に尋ねる。
「いえ、何かあるはずです……来ましたっ!」
優奈がそう叫んで左方向に跳ねた。
するとさっきまで居た場所に矢が三本ほど降り注ぎ、さらには炎がそれぞれ半径1メートルほどの範囲で爆ぜた。
優奈の跳躍力はそれを完全に回避していたが、ヒヤリとさせられる攻撃だ。
「なっ……どうやって攻撃してきたんだ?」
「ハルカちゃんの『水流壁』、二人をぐるりと取り囲んでいますが、上部は開いているんです。さらにナッちゃんは矢を放った後、ある程度その軌道を曲げることができます。その上、『狐火』を纏わせています!」
タクにとっては、前世では考えられない戦い方だが、ここでは呪術、呪法が当たり前に使用されるのだ。
そしてさらに四発の追撃が来て、優奈はかろうじて躱したが、爆ぜた狐火に足を取られて転びかける。
このまま一方的に攻撃を受け続けたら、先に大きなダメージを受けるのは優奈だ。
さっきまで談笑していた仲間を弓矢で射る……なかなか衝撃的な訓練だが、リンから指摘があったとおり、実戦ではわざわざ戦闘力を下げて戦ってくれる敵などいない。
彼は認識を改め、優奈に思いついたアドバイスを送る。
「あの水の壁、かなり薄いと思うけど、その長刀、差し込むことはできないか?」
「一瞬であればできると思いますけど、かなり踏ん張らないと水圧で横に流されます」
「その流れをも利用して、斬撃を打ち込めないか?」
「あ……やってみますっ!」
優奈はすぐに理解して、上空から降り注ぐ矢を掻い潜りつつ、再度『水流壁』に接近して長刀を水流に逆らわずになぎ払うように叩き込む。
「「キャァー!」」
今度は『水流壁』の内側から二つの声が聞こえた。
どうやら、優奈が放った『斬撃波』が当たったようだ。
この時点で、生命力の残りは
優奈:325/330
夏美:265/290
春花:225/240
となっていた。
ナツミの方がダメージが大きいのは、おそらく元々生命力の少ないハルカを後方に置いていたためだろう。
ともかく、これで形勢は逆転。
ハルカの『水流壁』越しにダメージを与えられると分かれば、勝負の結果は見えている……とタクが考えた瞬間、その『水流壁』が消え、代わりに周囲が濃い霧に包まれた。
「ハルカちゃんの『濃霧』です……『水流壁』とは併用ができないので、切り替えたのだと思いますが……ほんのすぐ目の前すら見えなくなっています……」
優奈の困惑した声が聞こえてくる。
タクも、これほど濃い霧に包まれるのは初めてだった。
これでは、優奈は相手に攻撃することはできない。
しかしそれはナツミ、ハルカの二人も同じはずだった。
と、そのとき、数本の矢が飛んできて、そのうちの一本が優奈に直撃し、彼女はまた悲鳴を上げた。
狐火の爆ぜのダメージも加わり、攻撃力を五分の一にしているとはいえ、結構なダメージを負う。
生命力 優奈:295/330
これはあと2,3発喰らうだけで負けになる威力だ。
さらに追撃が来て、かろうじて躱したが狐火の破裂により僅かにダメージを負う。
優奈はそれ以上まともに追撃を食らわないように、地面に伏せた。
すると攻撃が止んだ。
しかしこのままでは、もちろん優奈の方から攻撃できない。
相手の呪力切れを待つ、という手段も考えられるが、現在のハルカの呪力量は豊富で、しかも濃霧だけならそれほど多くのそれを必要としなかった。
優奈がじれて立ち上がったところに、強烈な水の流れが押し寄せてきた。
彼女は反射的に飛び退いたものの、体の半分をかすめられたことで回転しながら崩れ落ちる。
「優奈、大丈夫か!?」
タクが慌てて問いかけた。
「……はい、まだ大丈夫……だと思うのですが……」
タクが急いで生命力のステータスを確認する。
生命力 優奈:245/330
相当生命力が削られていた。まともにくらっていたら、三分の二を切っていた。
いや、呪術攻撃力5分の1の縛りが無ければ、命に関わるんじゃないだろうか?
「残りの生命力はまだ大丈夫だ……でも、今の何だったんだ?」
「今のがハルカちゃんの『水流爆』です。まともに当たれば岩をも砕く威力、と言っていました……まさか『濃霧』と併用できるようになっていたなんて……私が伏せている間に呪力を高めていたんですね……」
優奈の顔が、若干青ざめている。
恐るべき十三歳の巫女だ。
しかし、こうなると厄介だ。
今もそうだが、ずっと伏せている間は呪力を高められ、立ち上がった瞬間に高威力の呪文を放たれる。
すぐに立ち上がって移動したとしても、ナツミの矢が連続で襲ってくる。
そもそも、2対1で、しかもまだ慣れていない優奈を連携して攻めるなんてずるい……タクはそう考えた。
しかし、それと同時にある疑問が浮かんだ。
この濃い霧の中で、なぜ優奈を見つけることができるのか。
そしてなぜ、立ち上がったときしか攻撃しないのか。
そもそも、優奈が地面に伏せるのは悪手のはずだ……なぜなら、ナツミは上空に矢を放ち、それを軌道を変えて打ち下ろすことが可能だからだ。
「優奈、ナツミの矢が上から来るかもしれないのに、どうして伏せているんだ?」
「えっと、その方が見つかりにくいと思ったからです」
確かに、この濃い霧の中では伏せれば見つけにくいかもしれない。
しかし、ほんの1メートル先も見えない今の状況ならば、どちらにせよ見つけられないのではないのではないかとタクは考えた。
では、どうやって優奈を見つけてその場所に攻撃を仕掛けたのか。
……と、ここで、タクは相手の二人にも、契約精霊がいることを思いだした。
契約精霊が優奈の場所を教えているということはないだろうか。
だとしたら、どこから……。
ここまで考えて、精霊は『俯瞰』の視点を取れることを思い出した。
すぐに優奈の上方に視点を動かしてみると、『上下』の霧の幅はそれほど大きくないようで、優奈から10メートルほどの上空に、フヨフヨと浮かぶ二つの小さな影が見えた。
タク自身も、それらと同じ位置に移動する。
そこに居たのは、予想通りキツネ型、竜型のぬいぐるみのような精霊体だった。
二体とも、タクの出現に慌てていた。
そしてその位置からタクが下方を観察すると、白い霧越しに二つの影が潜んでいることが見て取れた。
「優奈、君の居場所は精霊達が教えていたんだ! 今、ハルカ、ナツミの二人は斜め左前、20歩ぐらい離れたところにいる!」
タクが優奈にだけ聞こえるように念話を送る。
彼女はそれを聞いて瞬時に理解し、行動に移す。
すぐに立ち上がり、その方向に駆け出す。
「優奈、向こうの二人も気づいた! 遠距離攻撃を避けながら走って、間合いを詰めろ!」
タクが結構無茶な指示を出したが、優奈はそれを意味するところを感じ取ったようで、左右にステップを踏みながら進む。
そのすぐ脇を数本の矢がかすめたが、優奈は気にせず突っ込んでいき、そしてついに二人の目の前にたどり着いた。
こうなってはもう勝負は付いたも同然だった。
至近距離からの、一方的な優奈の狼牙剣による連打。
ナツミ、ハルカの生命力は彼女達の悲鳴と共に最大値の三分の二を切り、模擬戦は優奈の圧勝で終わったのだった。
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