サクラ咲ケ

西野 夏葉

1

 始まった瞬間から、終わりに向かって突き進むことを求められ、終わったとともに新たな始まりを迎える。ぎゅっと一つにまとめられ、何度も空に上がって、花開いて散ってゆく打上花火。学生生活なんていうのはその連続であって、あたしにとってもそれは例外ではなかった。


 あたしの通う高校は片田舎にある公立高校で、制服がかわいいわけでもなく、秀才にはなれないし不良にもなりきれない連中の吹き溜まりだった。そんなふうに、文武両道どころか文の道も武の道もまともにまっすぐ歩けないような高校に進むことになったのは、あたしの家の経済的事情だったり、もともと自分が持って生まれた怠惰な部分が大きく影響している。ただ漠然と、なんかもうこのまま適当に生きて知らないうちに死んでくんだろうなあたし……と思ったら受験勉強なんかほとんど手につかなくなって、名前と出身中学と受験番号が読み書きできれば入れる今の高校に合格したというわけである。


 このまま中学時代から引き継いだ最低限の人間関係を維持しつつ、適当に誰の目にもつかないように穏やかに過ごして、一応は就職のためにさして興味のない専門学校にでも入ろうと思っていた。ところがあたしが入った年は当たり年だかなんだか知らないけど、学校の方針が急激に変わって、帰宅部の人間はみな放課後の進学講習への参加を義務付けられた。有無を言わさぬ勢いだった。学年主任に、学校で一番怖いと評判の教師を据えているあたり、すべてが予め計画されていたことなのだろう……と悟った。

 もちろんそれはあたしも例外ではなかったし、むしろ入学後はじめての校内テストの成績が良かったせいで余計に目をつけられていたことに気づいたのは、一年生の終わりの三者面談の時だった。〇〇大学なんかに行けば将来の旦那さんの質も違ってくるぞ……なんて平気でのたまう当時の担任の言葉は、面談の途中からあたしの右耳に入ると自動的に左耳へ抜けていくようになった。


 こいつ、卒業後の社会も〇〇大学のキャンパスの中にしかないとでも思ってんのかな。だいたいが、出身大学で人間の質が決まるのなら、この国は今頃もっと豊かで美しくなっていなければおかしいんじゃないの?


 そう思うとむかついて、ずっと唇をアヒルにしたりマオマオさせていたら、家に帰ったあとでその態度を親にしこたま怒られた。面談中は「はい」か「いいえ」しか言ってなかったあたしが怒られる理由ってどこにあるの? 怒るならまずあのバカ担任を怒れよ。あたしがレズかフェミニストだったら社会問題にしてたよ、あいつの発言。


 結局は何も言えなくて、せめてもの抵抗として、あたしは自分の部屋のドアをいつもより力を込めて閉めた。母親が何事か大声で喚いていたけど、聞こえないふりをした。



***



 二年生から進学コースにぶちこまれて、恋人の手ではなく、シャープペンシルを握る日々が始まった。いやまあ恋人なんかいないし一度もできたことなんかないんだけど、なんだかもの悲しい気持ちになってしまう。ここで過ごす三年間に何か意味があるのか、と自問自答する。


 そこであたしは、所詮は何発も打ち上げられる花火のひとつでしかないと思っていたこの高校生活というものに、なんだかんだと偉そうなことを言いつつも淡い期待を抱いていたということに気づいた。本当に淡い、桜の花びらみたいな、うっすらとだけピンクに色付いた気持ち。あの頃は幼かったなあ、なんて後で思い返すことのできる種類の期待だった。けれど今更その存在に気づいても遅くて、これからそんな甘酸っぱい方の花火玉に移ることはできない。

 運動会が予定通りに開催されることだけを告げる、パン、と音が鳴るだけのなんの色気もない花火。それに乗った自分が終わりに向かって少しずつ地上を離れてゆくのを、かたく閉じられた花火玉の中で、重力の変化のみで感じるしかなかった。



 だったらせめて、あたしだけはこの空に光の尾を引いてやる。そのために必要なのは、他人の手のぬくもりやひと夏の経験ではなく、愚直な努力だ。他に気を遣うことなく、これからもあたしがあたしとして生きるために必要な力を身につける必要がある。最終的に信じられるのは、自分自身のことだけだから。それは両親のようすを見ていても、なんとなくわかっていた。

 数年前に両親が離婚して母子家庭となったあたしの家は、今は別々に暮らしている父親から支払われる養育費に大きく依存していた。なのに自分勝手に毎月の支払額を減らしたり、時に数ヶ月も支払いを遅らせたりする父親の話を聞かされるたびに、あたしはどうしようもなく、死にたくなってしまう。自分の身体にもこの男のDNAが刻まれているのだと思うと、盗難車のシリアルナンバーよろしく、その部分だけをヤスリで削り取ってやりたくなる。



 いや、違うかも。


 それでも、あたしはあたしであることを、たとえ相手が誰であろうと奪われたくはない。他の誰かとして生きるのではなくて、あくまであたしとして、自分だけの人生を歩きたい。将来やりたいことなんて今はまだわからないけど、このまま何もできずに黙って死んでいくのだけは嫌だ、ということだけははっきりしている。


 だったら、やるしかない。ここが腹切り場だ。


 そう胸に誓って、冬を二回越えるまで、あたしの足はカラオケやショッピングモールではなく、塾や図書館に向く日々が続いた。成績が上がるほど、冷たい風が胸の隙間から入り込んできた。ストレスで体調を崩したり、また「似合わないことなんかとっととやめちゃえよ」と囁いてくるもう一人の自分に負けそうになったときもある。



 それでもあたしが足掻くのをやめないでいられたのには、ひとつの大きな理由があった。

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