ファイアアーム・マフラー
きょうじゅ
本文
北辺の大地に今日も白雪は降り積もり、ああ、彼氏の編んでくれたマフラーが、暖かくわたしと、わたしの愛銃を包み込む。私の彼氏は編み物と人を串刺しにすることが趣味の優しい人で、あだ名は「
ファイアアーム・マフラーとはつまりサイレンサーのことだ。消音器。拳銃の発射音を抑制し、搔き消してくれる優れもの。
私はサプレッサーと言う言葉が嫌いだ。私は「サイレンサーって言葉は間違い。サプレッサーが正しい」って抜かす奴らが大嫌いだ。
なので、そう抜かした奴は例外なく撃ち殺すことにしている。それが私の仕事だ。
「ねー達樹君、来年公開の007の新作観に行こうよ! ジェームス・ボンドってカッコいいよね、あのサイレンサー付きのワルサーPPKがさー」
「はっはっは、
プシュン
「た、達樹くん!? どうしたの! 急に倒れてどうしたの! ああっ!? 嫌! 血が! 血がぁ!」
なるほど確かにサイレンサーは完全な無音を作り出す力を持ってはいない。それは貴様らの言う通りだ。だが、私の『カーミラ』は、貴様らを「
私は『カーミラ』をマフラーの中に納め、何事も無かったかのように再び歩き出す。
と、そんなある日。私は彼氏からデートに誘われた。彼氏であり彼女なので、そんなことは特に驚くべきことでもなんでもないんだが、チケットに書いてある映画のタイトルは『007』だった。
「あっ、007の新作! ジェームス・ボンドってカッコいいよね、あのサイレンサー付きのワルサーPPKがさー」
すると私の彼氏の
「はっはっは、
プシュン
あ、いっけない。反射的に撃っちゃった。
「はっはっは、やめてくれよマイスイート。いくらあだ名が吸血鬼ドラキュラでも、当たったら痛いものは痛いんだよ」
彼は二本の指の先で、私の放った銃弾を受け止めていた。
「すっごーい! どうしてそんなことできるの?」
私は本気で驚いた。必殺の銃弾を、外したのならともかく、止められたのは初めてのことだ。それも素手で。
「だから言ってるじゃない。ファイヤアーム・マフラーには完全な消音効果はないんだよ。発射の瞬間には、絶対に空裂音が発生する。拳銃の弾丸の速度は最も強力なクラスのものでもマッハ1程度が限界だから、君のその銃であれば、発射音は銃弾よりも先に僕の耳に到達する。ただ鼓膜でそれを検知して、それから体を動かして銃弾を受け止めただけさ」
人間業じゃないっていうか、『HELLSING』のアーカードにも無理な芸当だと思うけど、私の彼氏は凄いのでそんなことができるらしい。初めて知った。
「すっごーい!」
「すごいだろ? まあ、VSSでも持ってこられたら流石の僕もお手上げだけどね」
VSS。スペツナズが使用している完全消音機能を持った狙撃銃だ。流石にマフラーの中には隠せないし、ファイヤアーム・マフラーとは消音機構の原理も異なる。
「じゃ、いい? 次の日曜日ね」
「うん、分かったー」
私はウキウキとデートの予定をスマートフォンの予定表に書き込み、そして人ごみに耳をそばだてる。
「ねーケンジ君、来年公開の007の新作観に行こうよ! ジェームス・ボンドってカッコいいよね、あのサイレンサー付きのワルサーPPKがさー」
「はっはっは、
プシュン
あ、また撃っちゃった。てへ。
ファイアアーム・マフラー きょうじゅ @Fake_Proffesor
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