第11話テラーマウンテンの死闘

「ブロウさん、亡くなったんですか……」

「ああ。山賊どもに襲われてな。もう少し早く着いていればと後悔している」


 自警団の建物内の一室。

 私はベッドに横たわるカレニアに仔細を話した。

 沈痛な思いなのだろう、カレニアの表情は硬く暗いものだった。

 短い間柄とはいえ、自分を助けてくれた恩人だからそう思うのは――


「お嬢様は、関わっていないんですよね?」


 静かに発せられた、疑いの言葉。

 まるで真実を射抜くような――


「そうだな。ある意味関わっている。山賊どもは私を狙ってもいた」

「そういうことではありません。お嬢様は――」

「カレニア。この話はやめよう。互いに嫌な気持ちになるだけだ」


 カレニアは整った美しい顔を歪ませた。

 唇を噛み締めて「お嬢様が何の目的でなさったのか、分かりません」と悔しそうに言った。


「正直言えば、分かりたくもありません。それでも、嘘だけはついてほしくなかった。私だけには、真実を言ってほしかった」

「…………」

「ふふふ。従者としては傲慢でしたか?」


 悲しげな顔をするカレニア。

 私は「お前の想像どおりのことをした」と告げる。


「そうしなければ、ブロウは命を落とすことになるだろう」

「…………」

「復讐心。それこそが戦う意味となる」


 私はベッドから離れて「もう行くよ」と優しく言う。


「これから、山賊どもの根城に攻め込む」

「……ご武運を」

「私が何故、お前に何も言わなかったのか。理由は簡単だよ」


 カレニアがきょとんとした顔で私を見つめる。

 少々照れくさいが、言っておかねばならない。


「嫌われたくなかったからだ。その、自分が非道なことをしたのは、分かっているのだが」

「……私は、どんなお嬢様でもついて行きますよ」


 カレニアと見つめ合った後、不意に彼女は笑った。

 ふざけているわけではない。

 私はつられて笑ってしまった。


「お帰りをお待ちしております――お嬢様」

「ああ。必ず戻ってくるよ」


 部屋を出て自警団が集まっている集会場の扉を開けた。

 全員、武装している中――二振りの刀を携えているブロウを見つけた。

 私は「あまり肩の力を入れすぎるなよ」と声をかけた。


「というより、その軽装でいいのか?」


 ブロウは頭に鉢巻き、胴当てを着て、両腕両足は何の守りをしていない。

 それを指摘すると「これで十分だ」と暗い顔つきで言う。


「動きやすいし避けやすい。それでいて斬りやすいんだ」

「…………」

「これなら山賊どもを多く斬れる」


 まるで絵巻物に出てくる鬼だなと私は感じた。

 眠っていたものを起こしたのは私だが――恐ろしく思える。


「俺よりアンヌさんのほうが心配だよ。その恰好で戦うわけ?」


 ブロウは私の姿をまじまじと見ている。

 まあ、鎧兜を着ていない、森の国の動きやすい服だけしか着ていないのは、奇妙に映るだろう。


「お前と同じ理由で、こちらのほうが動きやすい」

「ふうん。まあいいや。俺は山賊を斬るだけだから」


 殺意に身を任せている間は、大丈夫だろう。

 それだけの腕前をブロウは持っている。


 その後、団長のジャックが訓示を行ない、私たちはエイトドアから出陣した。

 無論、全軍での出撃ではない。何割かは街の守りに残している。

 山賊どもの根城は地元の人間が滅多に近寄らない『テラーマウンテン』のふもとだった。そこまでの道順はすでに斥候を出して確認済みのようだ。


 私とブロウは自警団の行軍の中ほどにいた。ブロウが前のほうに行きたがっていたが、その逸る気持ちを抑えて、私たちはそこにいた。

 やがて前のほうから戦闘の音がした。交戦したのだ――


「山賊の根城の入り口を見つけたぞ!」


 先頭から報告が入る――私は剣を抜いた。

 ブロウも二刀を抜いて応戦の形に入る。

 山を登っていくと自警団と山賊どもが戦っていた。


「行くぞ、ブロウ」

「うん、アンヌさん」


 私は自警団を助ける形を取った。

 鍔迫り合いをしている山賊の後ろから剣で貫いた。

 激しく痙攣して、山賊は絶命する。


「助かった……」

「安心するな。ここは戦場だぞ」


 安堵した自警団の者に活を入れつつ、次の山賊を狙う。

 横目でブロウが山賊の首を刎ねているのが見えた。

 私はあの調子なら大丈夫だなと、倒れている山賊にとどめを刺した。


 山賊の根城の中に入ると、案外機能的に作られた穴倉に驚きを覚えた。

 寒くも無く暑くも無い――空気が循環している証拠だ。


「アンヌさん! 先行しすぎだよ!」


 私を追ってブロウが入ってくる。

 血ぶるいして「まだやれるか?」とブロウに確認する。


「当たり前だ。じっちゃんの仇、まだ取れてないし」

「油断せずに進もう。自警団の者が攻めやすいように、露払いもする」


 私はブロウと共に奥へと進攻した。

 途中、不意討ちしてきた山賊は全員斬り殺した。

 ブロウは「面倒臭いなあ」と呟いて、山賊の死体を蹴った。

 ふむ。そこまで憎悪しているのか。


「やってくれるじゃねえか。まさか女子供にここまで侵入されるとはな」


 奥の広々とした空間。

 おそらく山賊の頭目と思われる男が、部下を三人連れて私たちを待ち伏せしていた。

 全員、なかなかできるようだった。


「貴様が山賊の頭目か?」

「ホヴィってんだ。それで、さっそくだが――さよならだ」


 ホヴィが何かする前に、私はブロウを突き飛ばしてから反対側に飛んだ。

 すると壁に矢が突き刺さったのが見えた――クロスボウだ。


「ひゅう。不意討ちにも対応できるのかよ」

「殺気を隠せ。そうでないと不意を突いた意味が無い」

「できるかよそんなこと。まあいい。久々に剣を使うか……」


 大剣を抜いてビュンビュンと振り回すホヴィ。

 他の三人の山賊も剣を抜いた。


「ブロウ。一人ひとり落ち着いて対処――」

「……うわあああああああ! じっちゃんの仇だ!」


 ブロウは私の作戦を聞く前に、ホヴィに斬りかかった。

 復讐に燃え過ぎだ――舌打ちをして、私も突貫した。


 山賊の一人と剣を交える。数度の剣戟を繰り返し、鍔迫り合いになったところに蹴りを放つ――倒れたところを狙ったが、別の山賊に邪魔される。

 ならばブロウを手伝おうとすると、彼はホヴィにあしらわれていた。

 二刀を自在に操るブロウに対して、守りを固めつつ相手の防御を崩しにかかる。

 なかなかの強さだった。


「ブロウ! そいつは後回しだ! 部下を狙え!」


 私の声が届いていないのか、それとも夢中で聞こえないのか――ブロウは気づかない。

 すると山賊が三人がかりで襲ってきた。

 一対一ならば私が勝つ。

 二対一でもなんとかなる。

 しかし三対一は――


「……くっ!」


 いつの間にか、壁際まで追い詰められた私。

 三人の剣が、私を貫こうとする――

 一人目と二人目は打ち払えた。

 しかし、三人目は対処できず――


「ちくしょう……」


 そう呟くのがやっとだった――

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