幼稚園からずっと一緒にやって来た幼馴染に間違えて「付き合おう」という内容のメッセージを送ってしまい「分かった」と返されてしまったおはなし。

Naka

「親友にコクちゃった日」

 その日は何か特別なこともない普通の日だった。

 普通に学校に行って、友達としゃべって、授業は真面目に聞いてなかったけど……まあそれもいつも通り。代わり映えしないと言えばそうだけど、でも私にとっては今が一番楽しいのだ。どうせ高校を卒業したら今の様に遊んでもいられなくなるのだし、だったら今くらい遊んでたっていいはずだ。受験は来年だし。

 そんなことを考えながら今日も布団に入る。

 眠って目を覚ませば朝で学校だ。たまに憂鬱にもなるけれど、それでも友達がいるからとりあえずは大丈夫だったり。

 電気を消そうと一度立ち上がった時、部屋の机の上に置いてあるスマホにメッセージの通知が来ていた。


「ん?」


 それは私の幼馴染の音羽千弦からで「おやすみ」というものだった。千弦とのメッセージのやりとりは楽しく、時間も忘れてしまうので、どっちかが「眠い」とか「おやすみ」と言うまで終わらない。

 私も「おやすみ」と送ろうとして、それをしたらまたメッセージのやりとりが始まるだけなことに思い至ると、そのままスマホを机に置いた。

 電気を消して、カーテンを閉めた。

 暗い部屋に点けっぱなしのスマホの明かり。

 スマホを閉じようと机に近付いた時、メッセージの通知音が鳴った。


『いいよ』


 いいよ?

 何がいいというのだろうか。メッセージの差し出し主は千弦だった。

 スマホを置いた時に何か変なメッセージでも送っちゃったのかもしれないなと思って、一つ上の私が送ったメッセージを確認する。


『付き合おう』

「ふぁ?!」


 私のスマホで入力した覚えのない言葉が送信されていて、それに対する千弦の回答が『いいよ』。

 このやりとりだけ見れば告白して了解を貰っている様にしか見えないのだけど、何故に私のスマホはそんな言葉を誤送信してしまったのだろうか。付き合おうなんて言葉は本当に打った覚えも無いので、予測変換に出る筈もないのだが……なんて考えるより先にこの誤解を解かないとマズい。

 私は何か打とうとして考えた。

 千弦は一体どんな思いで私のこの告白メッセージを見たのかと。彼女とは親友で、そういう目で見たことは一度も無い。もちろんその手の文化の存在は知っていたし、もしかしたら私もそうなんじゃないかと思ったことは何度かある。でも違うのだ。千弦は親友でそれ以外の何物でもない……のだけど、それは私が思っていることで千弦がどう思っているかは関係ない。

 誤解だとしてもこの誤解は良くない。誠心誠意、対面して頭を下げないと私は彼女の親友ではいられないだろう。

 結局、私はそれからメッセージを送ることはせずに眠りについた。明日学校で会ったらどんな話をしようかを考えながら。

 代り映えのしない毎日の歯車が動いた気がした。


 

 翌日、教室に着いたころにはもうとっくに殆どのクラスメイトが揃っていた。私は朝起きるのが苦手で、昔からよく遅刻していた。最近は千弦が家まで起こしに来てくれていたのだけど、今日はそれも無かった。まあ仕方が無いだろう。私も流石に昨晩にあんなことがあったら、朝一番に千弦と会話する勇気も出ない。

 席に着くや否や声をかけられた。


「重役出勤ご苦労」


 私の前の席に座る女の子で、友人の一人である喜久井すみれ。通称キクがこっちを向いた。眼鏡の奥の理性的な瞳が私を見ている。目の下にクマがあった。きっと夜通しアニメでも見ていたのだろう。女子にして圧巻の170センチ台。それでいてスタイルがいいのだ。羨ましい。素材はいいのだからもっとちゃんとしたらいいのにと思うこともあるけど、人の興味なんて人それぞれなので、強要するのは間違っている。もっとも私も彼女に強く言えたワケでは無いので、お互い様なのだが。


「重役出勤って、普通に間に合ってるよね」

「普通に間に合っているというのは、HRの開始時間前に来ることを言うのだよ」

「センセーもまだ来てないから、ノーカンだからね。チクらないでよ」


 ウチのクラスの担任は時間にルーズなのか、よくHRを遅刻する。たまに授業も遅刻するので、教頭から睨まれているとか何とか。

 鞄から荷物を取り出して引き出しに入れながら、視線を動かして千弦を探した。私と彼女は同じクラスだ。去年は違うクラスでたまに廊下で会うと凄い嬉しい気持ちになったのを覚えている。

 私の席は窓際の一番後ろなので、クラスメイトの状況が掴みやすい。

 千弦の席は廊下側の前から二番目。居た。優等生の彼女が学校を病欠以外で休むことは無いので、来るか来ないかの心配は初めからしていなかったけど最悪の可能性もある。

 もしも昨夜のメッセージが原因で寝込む程に精神的な何か負荷のようなものがあったりしたのなら、誤解だという話も切り出しにくくなる。それこそが最悪の可能性で、普通に学校に来ているのならまだ状況はいい方だということだ。


「ふむ」

「何?」


 キクが顎に手を当てて何かを納得していた。


「いやね。今日はチヅの様子が何かおかしかったから気にしていたのだが、なるほど。アオと何かあったということだね。それも面倒な方向で」

「……」


 キクはこう何と言うか細かいところによく気が利くところがある。きっと彼女の中では何となく答えを出しているのだろう。でもそれを敢えて言わない辺りは彼女と友人をやっていて良かったなと思うところだ。

 どうせ誤解だと言うつもりだし、私も強気に否定する気は起きない。


「ま、そんな感じ」

「でも……用心したまえよ」


 ずずいとキクが身を乗り出してくる。顔がぶつかりそうになって私は椅子に座ったままで身を引いた。


「用心って?」

「いくら仲のいい幼馴染だからって何でも許してくれるとは限らないということだよ。たった一つの誤解が全てを壊しうる可能性もある」

「そ、そんな……ドラマや映画じゃないんだから……」

「まあね。これはライトノベルだからね」

「そういう話もしてないって」

「でもだからこそだ。わっちは今の状態が楽しいから、長く続いていてほしいと思っているのだよ」

「……」


 それは私もそうだ。

 だからこそ、妙なことになる前に誤解は解きたい。

 千弦と話をしなければいけない。


「ていうか今、わっちって言った?」

「言ったが?」

「また何かに影響されたの?」

「フッ」

「いや、そこ笑う所じゃないし?!」


 だけどキクとの話で分かったこともある。

 千弦の様子もどこかおかしいということを。そしてキクは相変わらずおかしかった。

 担任がやって来て、HRが粛々と過ぎていく。私は話を左から右へと流しながら、千弦のことを考えていた。

 私の幼馴染。もう十年の付き合いにはなるだろうか。今までずっと一緒にやって来た。これからもそうだろうということは疑ったことは無い。

 休み時間になった。

 私は立ち上がり、千弦の方へ行こうかなと思っていると、


「響」

「んがっ……」


 千弦の方からこっちへやって来た。まあ用があるのは彼女もそうだろうけど、しかし早過ぎる。教室の端から端への移動だぞ。クラスメイトも動き出す時で、その合間を縫う用に移動しても数十秒はかかる。千弦はそれを一瞬でこなしたとでもいうのか。これが愛の成せる技なのか。


「あの、ね……昨日のメッセ嬉しかったよ。でも、響は本当に私でいいの?」


 千弦が嬉しそうなのは私にも伝わる。そして不安さも。

 伝わってしまうからこそ辛かった。きっと私と彼女ではお互いに対する認識が異なる。

 いやでもまあ……。相当な美人の千弦に思われているというのは光栄なコトではある。

 濡れ羽色の長髪も、大きな瞳も、欲しがる人は多いだろう。だからこそ私なんかでいいのかという気持ちもあったりするのだ。

 千弦の問いにどう答えたものか考えた。その時にうっすらと頭が下に下がり、それを見た千弦の顔がぱぁっと明るくなった。凄くカワイイ。でもやっちまった。


「響!」


 ふわりと温かい感触に包まれる。千弦が私に抱き着いてきたのだった。ここは教室だ。

 キクはこちらを見ながら笑っていた。あのヤロウ。


「いや……あの……千弦さん?」

「響?」

「ここ、教室です……」

「?!」


 千弦は目を白黒させ、頬を赤く染めながら私から離れた。

 周囲のクラスメイトから思いっきり見られていたのだ。私と千弦が幼馴染の関係であることはある程度知られていることだが、それでもあらぬ勘違いをされる可能性もある。実際に遠目に見える女子のグループはこっちを見て黄色い声を上げていた。千弦狙いの男子達の悲鳴も聞こえるようだ。

 ここで千弦を拒絶したら私達の関係は終わりだ。だからといって今の半端な状態で受け入れるのも間違っている。

 ここまで来たらもうヤケクソだ。

 ああ……私の毎日よ。さらば。

 私は千弦の腰に手を回した。彼女の体が一瞬ビクリと震える。


「千弦。実は前からずっと思っていたんだけど、私って千弦のことが好きなんだよね」


 ああ、全くもう。言葉は案外簡単にすらすらと出てきた。

 千弦の顔を直視出来ない。

 真夏の太陽に焼かれるような熱さだ。


「私も響のことがずっと大好きだったよ」


 改めて言葉にされると恥ずかしい。

 そしてクラスメイトよ。お願いだからこっちを見ないでほしい。

 もう止められないんだ。

 ここが境界線だ。ここから先に踏み込めば私は二度と戻れない。覚悟はまだ決まってない。半端ではダメだと自問自答していた割に私は勢いだけでここまで来ていた。


「じゃあ私達……付き合おっか」

「うん」


 時が止まったような教室で一斉に巻き起こる爆発。

 それに合わせて私の体も暴れ出したくなるほどの衝動に苛まれる。こんなのは幼稚園の発表会で劇の主役を任されたのに最も大事な台詞を噛んでしまった時以来だ。

 後悔は不思議と無かった。

 むしろ幸福感で胸がいっぱいだった。

 もしかしたら私もずっとこうなりたかったのかもしれない。

 本当の気持ちなんて案外分からないものだ。

 まあそれはそれとして……きっと今日からの学校生活はもっと大変なことになることは最早言うまでもないだろう。


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幼稚園からずっと一緒にやって来た幼馴染に間違えて「付き合おう」という内容のメッセージを送ってしまい「分かった」と返されてしまったおはなし。 Naka @shigure9521

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