第49話
アルフレッドは言葉を失っていた。何も返してくれない口が不服で、マリンソフィアはくるっと起き上がって、彼の顔を下から覗き込む。
「ーーー………………!?」
ぽたぽたと、彼の目から雫が落ちてきていた。
マリンソフィアは目を見開いて固まり、あたふたとし始める。
「えっと、アル、………わたくし何かあなたを傷つけたかしら?」
「逆だよ。人間は嬉しくても涙が出る生き物だからね」
アルフレッドはそう言うと、マリンソフィアの身体をぎゅっと抱きしめた。マリンソフィアは恥ずかしがりながらも、恐る恐る彼の背中に手を伸ばし、きゅっと彼のシャツを握り込んだ。ふわりと彼からマリンソフィアの送った香水の香りがする。マリンソフィアもお揃いの香りを最近はずっと身につけていたが、彼がつけると、もっといい香りになっている気がする。
「アルは、嬉しいの?」
「そう、嬉しいよ」
「ん、よかった」
マリンソフィアはへにゃりと笑って、すりっとアルフレッドに擦り寄った。
「もう、他の女の子のこと見ちゃダメだからね。今日の帰り道、アル、たくさんの女の子たちに手を振ってたの、わたくし、ちゃーんと見てたんだから」
「ーーー………、じゃあ、ソファーも僕以外の男の人の服を仕立てちゃダメ。ソフィーは僕だけのデザイナーだから」
「むぅっ、それは難しいわ。だってお針子さんがわたくしのお仕事だもの」
お仕事に誇りを持っているマリンソフィアは、ふんすと胸を張って、アルフレッドの願いを拒否する。けれど、アルフレッドは優しい顔で微笑んでとんでもない爆弾を落としてきた。
「う~ん、もう少ししたら、君のお仕事は皇太子妃になるから、難しくないんじゃないかな?」
「ふぇ?」
マリンソフィアはいきなりのことに目を見開いたが、そんなことお構いなしなアルフレッドは、真摯な熱っぽい瞳でマリンソフィアを見つめながら忠誠を誓う騎士のように跪いた。
「ソフィー、いや、マリンソフィア嬢。一生出来得る限りの自由をあげるから、僕のお嫁さんになってください」
美しく差し出された手を取らない方法を、マリンソフィアは知らない。
彼女はぽたぽたと真珠のような涙を流しながらふわりと彼の手に自分の手を重ねて微笑んだ。
「っ、………はい。ーーーはい、アル!」
マリンソフィアとアルフレッドの初めてのキスは、しょっぱい塩味がした。
▫︎◇▫︎
「皇后さま!!この案件は、」
1人の貴族の声に、美しい絹のような長い白髪を背中に流した女性が、知性を称えるかのようなサファイアの瞳を向けて透き通った声で返事をする。
「その貴族には、わたくしの方から言っておくわ。あなたはこっちの仕事をなさい」
「はっ、」
「アル、わたくしは、」
「1人で行かせるわけないだろう?久方ぶりのデートだ。お互いに少しだけ着飾って行こうじゃないか」
少し長くなった癖っ毛な黒髪を後ろで束ねた、ルビーの瞳の男性が満面の笑みで女性の腰を抱き、女性に非難の瞳を向けられる。
「いいじゃないか。君はお休みになると、『
仔犬の甘えるような視線を受けた女性は、一瞬困った表情をした後に、首元にある薔薇型のルビーのネックレスを弄ぶ。
「今日だけだからね」
そう言うと、女性はととっと衣裳室に走って帰っていく。今日も彼女は夫のために、とっておきのお洋服を出してきて、彼のことを驚かせるのだろう。
「ソフィーは本当に、可愛いなあ」
「………そうですか。ならば、皇帝陛下も愛らしい奥方さまに倣って、黙ってさっさとお仕事をしてください」
手厳しい従者にべっとしたを出した青年は、短い時間で美しく着飾って颯爽と戻ってきた妻に笑みを浮かべる。
「どう?アル。可愛いかしら」
「あぁ、とっても可愛いよ、ソフィー。僕のお姫さま」
皇后となったマリンソフィアは、皇帝となったアルフレッドに満面の笑みを浮かべて甘えるように抱きついた。アルフレッドはそんなマリンソフィアのことを抱きしめ、そしてエスコートをする。
青々とした空に下にある、美しい皇都の街並みを眺めた2人は、どちらからともなく見つめ合い、そしてくちびるを重ねる。
「愛しているよ、ソフィー」
「ふふっ、知ってる」
マリンソフィアはクスッと悪戯っ子のように笑い、少しだけしょぼんとなったアルフレッドのネクタイをツンと引っ張った。そして、耳元でこう囁いた。
「わたくしも、アルのこちが大好きよ」
真っ赤な顔のおしどり夫婦は、罠に引っかかって問題を起こした貴族のお掃除のために、一緒に仲良くお出かけをするのだった。
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