第25話
▫︎◇▫︎
それからひたすらにお洋服を仕立て続けたマリンソフィアが、休憩に入ったのは13時を過ぎた時間だった。流石に働き詰めすぎだとクラリッサに叱られてしまったからだ。
「あなたさまはどうして部下には『残業をするな!!』、『休憩時間に仕事はするな!!』『早寝・早起き・3食は絶対に守れ!!』と言いながら、ご自分は全てを無視してハードすぎるスケジュールで動くのです!!というか、このペースで服を仕立て続けると、布地が足りなくなりますし、下っ端お針子の仮縫いが間に合いません!!もう下っ端お針子たちからは泣き言が大量に寄せられているのですよ!?ちょっとは休んでください!!休まないのであれば、数日間寝込むレベルの睡眠薬をお口の中にぶっ込みます!!」
と、怒鳴られれば、休むしかないだろう。本当に横暴な秘書にして、マリンソフィアのことを心の底から理解している優秀な人材だ。睡眠薬で眠らされるよりも、少しの間休んで作業をしたほうがいいと判断して、休むのは目に見えていたのだろう。
「ふうぅー、」
食堂でステーキを切り分けて口の中に入れると、柔らかいお肉が口の中でとろっと溶けた。
「………クラリッサも一緒にどう?」
「主人と一緒に食事は取れませんし、それに私はもう昼食をとっています」
冷たいクラリッサに、マリンソフィアはむうっとくちびるを尖らせて、そして早くも昼食をペロリと平らげた。
「新聞を持って来てくれる?」
「新聞、ですか?」
「そう。新聞は情報収集の基本だから、毎日確認するようにしているの。昨日は確認できていないから、昨日と今日の分を持って来てくれれると嬉しいわ。あ、もちろん全ての会社の分をね」
マリンソフィアはそうクラリッサに命じると、静かに食後の紅茶を飲み始めた。
(ふふふっ、新聞の1面はわたくしと王太子殿下の婚約破棄についてか、それともわたくしの実家からの勘当についてか、はたまた1ヶ月後に控えている王太子殿下のお誕生日についてか、………何が1面でもとーっても面白そうね。場合によっては、今度新聞社に『婚約破棄の真実』っていうのを匿名で送りつけてあげなくちゃ)
マリンソフィアはふふふっ、と薄気味悪く笑った。
どう転んでも、この国の行く末はマリンソフィアの手の内なのだった。
「お持ちいたしました」
「ありがとう」
クラリッサから王国で印刷されているすべての新聞を受け取ったマリンソフィアは、パラパラと全ての新聞に目を通した。新聞の1面はやっぱりマリンソフィアが予測した通り、マリンソフィアが侯爵家から勘当されたことや、婚約破棄されたことがメインで、中には嘘や出まかせしか書いていないものもある。
「あらあらまあまあ、わたくしが不倫だなんて失礼だこと。不倫をしたのは王太子殿下のほうでしょうに。まあ、王妃さまの計らいでしょうね。ま、このくらいすぐにどうにかできるけれど」
マリンソフィアは楽しそうに笑うと、紅茶を1杯飲み干し、クラリッサに新しくもう1杯入れてもらう。
「ほうぅー、ふふふっ、ここまで出まかせを書いてくださったんだもの。王妃さまにはちゃーんと、お礼をしなくちゃね。あぁでもその前に、この記事を書いた新聞記者にお手紙を書かなくっちゃ」
「………内容はいかがなさいますか?」
さっとメモ用紙と筆記用具を取り出したクラリッサは、手慣れた様子でマリンソフィアが次に言おうとする言葉を待った。
「“ソフィアーネ”でこう書いて出しておいて、『嘘しか書いていない新聞を出すなんてお馬鹿なことをしていると、いずれ後ろから刺されますよ。背後にはお気をつけくださいませ。あなたが長生きできることを祈って。ソフィアーネ』と」
「承知いたしました。王妃の件はいかがなさいますか?」
「そうねー………、王妃さまの国家予算の紙の写しを新聞社に送ろうかしら。だってアレは、質素倹約で民に寄り添うと言われている王妃さまのもらっていい金額じゃないもの。ついでに、浪費家と言われていた王太子妃の国家予算の紙を隣に並べておくといいかもしれないわね。王妃さまがくすんで見えるでしょうから」
マリンソフィアはくるくると人差し指を弄び、やがてどこからともなく国家予算の王妃と王太子妃の表を取り出した。
「さっき言った内容を、このお馬鹿な出まかせを書いた新聞社に送っておいて。あと、この紙を国家新聞局に“ソフィアーネ”の名前で通しておいて。この名前なら、簡単に通るはずだから」
貴族令嬢時代から行なっている、情報操作の際に使う名前を出しながら、マリンソフィアはご機嫌そうに笑う。
「さあて、今日の午後の分のお洋服を仕立てようかしら」
いくつもの顔を持っている少女は、作業室へと歩いていった。
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