第21話
ーーーコンコンコン、
「どうぞ」
「失礼いたします」
どうにか表情を繕ったクラリッサは、マリンソフィア専用の作業部屋に上等な茶器を持って入った。
「もう5時間もぶっ通しで作業をしていますから、そろそろ1度休憩を入れてはいかがですか?」
「………そうね、それを飲んで30分作業をしたらお夕食にしましょうか」
「それがよろしいかと、もう19時ですから」
マリンソフィアは、窓からもうすっかり暗くなった下町を見下ろした。
「今は
「………ですから、そのような発言は控えるようにと………………」
「ふふふっ、わたくしね、ここから見る夜景がとーっても大好きなの」
「そう、なのですか?」
クラリッサは、縫い物以外に特に興味のない
「えぇ、だーいすき。だって、下町が星屑みたいに見えるもの。きらきら輝く、どこまでも広がる自由な夜空みたいに」
「………次はどこを標的にするのですか?」
クラリッサは気がつけば、止めようと思っていたことに加担することになっていた。
「あら?立ち聞きしていたの?」
「申し訳ございません。ですが、このことは………」
「他の従業員には秘密、ね」
「はい、守秘義務はきっちりと守ります」
きりりとした表情のクラリッサを見たマリンソフィアは、気だるげに窓の外を見つめた。
「スルターン伯爵は愚か者よ。民を救うためのお金をたーっぷりと使って、いっぱいご飯を食べて丸々としたぶたさんみたいに太っているの」
「………証拠は持っているのですか?」
「えぇ、ちゃーんと持っているわ。だから、次はスルターン夫人が標的。分かった?」
マリンソフィアはいつのまにか手に持った書類をひらひらとさせて、仄暗く笑った。彼女の最大の武器は、並はずれた情報収集能力だ。どこからともなく、貴族や有力商人の弱みや不正を暴き出して、書類にまとめている。
「承知いたしました。もし、文句を言ってきた場合には………」
「えぇ、コレをちらつかせて、引かないようなら、実力行使に出なさい」
マリンソフィアは麗しい顔で笑って、とても濃いお茶をごくっと飲み切った。
「さあて、作業を再開しようかしら」
お茶を飲み切ったマリンソフィアは、ぐーっと背伸びをして、にこっと明るい笑みを浮かべた。
「あ、あの、その前に1ついいですか?」
「えぇ、構わないわよ。答えられる範囲のことなら」
マリンソフィアは恐る恐る質問してきたクラリッサに、明るい声で答える。
「………ーーー王家を敵に回して、本当に良いのですか?」
「ーーーふふふっ、大丈夫よ。わたくしを誰だと思っているの?」
「そう、ですね。愚問でしたね」
マリンソフィアに手には王家のブラック情報についても握られている。伊達に、生まれた頃から王太子の婚約者という重役をこなしてきたわけではない。そこそこちゃーんと周りを見回して、情報を入手している。例えば、王妃が愛人として宰相を囲っているとか、国王が庶子を国王に据えるために、必死になって暗躍しているだとか、第2王子がそれに気がついて、兄王子たる王太子ともども亡き者にしようとしているだとかだ。
(ほんと、この王国の王侯貴族に有力商人は碌な人間がいないわ。ま、それを使って色々な人を脅しているわたくしもわたくしだけれど)
マリンソフィアは、真っ黒に染まっているであろう自分の手を見つめて苦笑する。
「さあ、あなたはもう休みなさい、クラリッサ」
「………私の仕事を変更してください」
「?」
何を言っているのか分からず、マリンソフィアはこてんと首を傾げた。
「私を、従業員ではなく、店長の侍女にしてください」
「侍女なんて必要ないわ。あなたにそれっぽいことは何度もさせてしまったけれど、これからは自分で色々しようと思っているし。それに何より、………わたくし今日とっても実感したの。もうわたくしは
悲しげに微笑むが、実際に悲しくはない。けれど、無性に虚しくて仕方がなかった。悲しくないのに苦しくて、辛くないのに息苦しい。
「そんなことは分かっています。ですが、それでは他の従業員に示しがつきません。なので、私の従業員としての仕事を最低限にして、店長の側近、つまり『秘書』にしてほしいのです」
真っ直ぐなクラリッサの言葉に、マリンソフィアは無表情で彼女のことを見つめた。
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