第20話

▫︎◇▫︎


 その頃、無事に9階のマリンソフィア専用フロアに帰ってきたマリンソフィアは、明日分に仕分けられていたドレスの仕立て棚から大量のドレスをマリンソフィア専用の作業室に運び込み、相棒のミシンと共に異常なペースで大量のドレスを仕立てていた。

 嫌なことや悩ましいことには、うじうじせずに熱中できる作業に打ち込むのが1番だ。


「~~~♪♪~~♬ーー~~~♬♪~~ーー」


 どこか調子はずれな鼻歌を歌いながら、マリンソフィアは仕立て表を元にドレスをジャンジャン縫っては完成品用の棚に投げ込んでいく。

 自分でデザインしておいて何だが、やっぱり素敵なデザインのドレス達だ。作品を我が子のように慈しんでいるマリンソフィアは、完成品を入れている棚の方にミシンを動かしながら視線を向けると、顔を緩めた。


「そういえば、クラリッサにあの件を伝えておかないといけないわね」


 ミシンを止めて、マリンソフィアは先程自分の中で決定した決定事項をさらさらっとメモ用紙に書いていく。


 『王家及び、グランハイム侯爵家の依頼を全て断る、もしくは断りきれない場合は1番最後に回すこと。なお、既製服を売ってはならない』


「ふふふっ、わたくし、愛人さまがこのお店のお洋服、それも既製服をとーっても気に入っていることを知っているし、このお店のお洋服やドレスを着ることこそが、社交界でのアドバンテージになるってこと、ちゃーんと知っているんだから」


 マリンソフィアは、自らが社交界で見て知っていることを最大限に使い、婚約者と実家へと報復することにした。


「さあて、いつ泣きついてくるかしらね。わたくし、ちゃーんとお相手して差し上げられるかしら?」


 マリンソフィアはくつくつと笑って、連絡用の1階へと繋がっている小箱へとメモ用紙を投げ入れた。これで『店長の言うこと、することは絶対である』というお店の方針に従って、王家とグランハイム侯爵家は『青薔薇服飾店ロサ アスール』でお買い物できなくなるはずだ。


「ふふふっ、わたくし、嫌がらせの才能があるのかもしれないわね」


 『青薔薇服飾店ロサ アスール』の本店はオーダーメイドを唯一行っていることもあって、一見さんをお断りしている。よって、『青薔薇服飾店ロサ アスール』の店長たるマリンソフィアが全てのお客さまを選ぶことができるのだ。支店は既製服のみを取り扱う場合が多いが、貴族が着ることのできるレベルを売っているお店については、本店と同じ形式を取り、一見さんお断りにしている。

 よって、『青薔薇服飾店ロサ アスール』で買い物できるというのは、貴族やお金持ちの商人にとって一種のステータスとなっているのだ。それをマリンソフィアは王族とグランハイム侯爵家から取り上げると言っているのだから、結構大事になること間違いなしだろう。

 そして、マリンソフィアは気に入らないお客さまに無理矢理服を作らされる際には、どこかに着ている本人は気づかないような大きな『欠点』を作ることにしている。

 『青薔薇服飾店ロサ アスール』のお洋服は見たらすぐに、『青薔薇服飾店ロサ アスール』のお洋服だと分かることが『青薔薇服飾店ロサ アスール』の売りなところもあり、お客さまは決して店長のご機嫌を損ねる行為はしない。だって、店長のご機嫌を損ねてしまえば、社交界の笑い者になってしまうのだから。


「ふふふっ、王妃も愛人さまも、わたくしに嫌がらせをしてくださった、たーくさんの意地の悪いご婦人たちやご令嬢たちも、いっぱいいっぱい恥をかいて苦しめばいいわ。そうね、次は嫌がらせをしてくださったご婦人たちに焦点を当てようかしら。ふふふっ、楽しみで仕方がないわ。あぁ、あと、助けてくれたご婦人たちにはいっぱいお礼をしなくちゃね。素敵なドレスを仕立てましょう」


 マリンソフィアの楽しげな声に、『そろそろ休憩をしてください』と声をかけに来たクラリッサが固まってしまったのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る