第18話

▫︎◇▫︎


 そのあと、居心地が悪くなった2人は早々に『青薔薇服飾店ロサ アスール』へと戻ってくることとなった。


「送ってくれてありがとう、アルフレッド」

「いや、」


 漆黒の癖っ毛を掻きながら、『青薔薇服飾店ロサ アスール』の前に立ったアルフレッドはそっけなく返事をする。

 マリンソフィアはそんな彼をじっと見つめた後に、焦茶色の繊細な網目が特徴的な編み鞄の中から淡い青色の包みを取り出して、彼の手に向けてポイッと投げた。


「あげる。今日付き合ってくれたお礼よ。またね」


 マリンソフィアはそれだけ言うと、くるりと踵を返して『青薔薇服飾店ロサ アスール』の店内へと姿を消していった。


「………本当に、このくらいのことで緊張するなんて、わたくしって馬鹿みたい」


 お店に入って扉を閉めた瞬間に、床にずるずると滑り落ちたマリンソフィアは、頭を抱き込んで真っ赤な耳を覗かせたまま先程アルフレッドへとプレゼントを投げた手を見つめた。


「………幼馴染へのお揃いの香水1つで恥ずかしがるなんて、わたくしってなんなのかしら」


 大きな吐息をこぼして、ぎゅっと泣きたい衝動を堪える。左胸がずきずきと痛んで、もっと彼のことを振り回してでも一緒にいればよかったと後悔の念に襲われる。


「………………また、いなくなっちゃうかもなのに………」


 3年前、『さようなら』も『またね』も言わずに、唐突に消えて、そして唐突に戻ってきた幼馴染の顔を思い浮かべて、マリンソフィアはまた抱えた足に頭を擦り付けるのだった。


「店長、帰ってきてたのですね」


 クラリッサの声が頭上から聞こえたため、マリンソフィアは1つ呼吸をして表情を作り上げ、顔をゆっくりと上げた。マリンソフィアの顔には麗しい笑みが乗っている。


「えぇ、今帰ったところよ。ただいま、クラリッサ」

「おかえりなさいませ」


 美しく頭を下げたクラリッサに目を細めたマリンソフィアは、次の瞬間には立ち上がり、凛とした佇まいでにこりと微笑んだ。周辺諸国を代表する大人気服飾店『青薔薇服飾店ロサ アスール』の『店長』の顔になった。


「お店に異常は起きなかったかしら?」

「はい。お客さまや品物に関する問題は起きておりません。ですが、1つだけ確認が」


 マリンソフィアはピクリと片眉を上げた。

 器用な仕草だが、緊張を感じるような雰囲気に、クラリッサは無意識のうちに息を呑んでしまう。


「なんでも聞きなさい」


 穏やかな表情に、穏やかな声音、けれども冷え冷えとした威圧を放つ元王太子婚約者という、最も王者に近いところで学んだ、王者たる貫禄がマリンソフィアにはあった。


「お化粧品が届いたのですが、あれは本当に店長のですか?」

「そうよ。今日、お化粧デビューしたの。素敵でしょう?」

「はい、一層美しくなられたようで、息を呑んでしまいました」


 マリンソフィアは、ここでもまた『美しい』と形容されてしまった。マリンソフィアが欲しい言葉は、『美しい』などではなく、『可愛い』という言葉なのだ。けれど、言われなければ意味がない気がした。その他大勢に褒められても、言われなければならないと、心のどこかで幼い自分が叫んでいた。


「ふふふっ、流石はうちの筆頭店員ね。褒めるのが上手だし、お世辞に聞こえないわ。この調子で、我が『青薔薇服飾店ロサ アスール』の発展に尽力してちょうだい」

「店長の仰せのままに」


 深々と頭を下げるクラリッサに、マリンソフィアは満足げに頷く。どこぞの王族の側仕えと言われても問題のないような彼女のお辞儀は、いつもマリンソフィアを不思議に思わせる。


「ねえ、あなたは本当にお姫さまじゃないの?」

「そうだったら、こんな場所で馬車馬のごとく働かされていませんよ」


 疲れ切ったようなクラリッサに、マリンソフィアはにこーっと美しすぎる笑みを浮かべた。


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