第17話
「んー、美味しかったー」
マリンソフィアは満面の笑みを浮かべてたが、叩いたお腹はたいして膨らんでいない。アルフレッドは無尽蔵な胃袋に苦笑した後に、少しだけ不服そうな顔をした。
「そうだな。ただ、お前が食べすぎたせいで、僕の量が少なかったのはいただけないけれど」
「そう?わたくし、2,5枚しか食べていないわよ?」
「普通は2枚ずつの半分こだろ………」
「ふんっ、知らないわ」
少しだけ居心地が悪くなったマリンソフィアは、顔を赤くしてそっぽを向く。少しだけ食べ過ぎな自覚はあったが、指摘をされてしまうと、やっぱり恥ずかしい。もう少しだけ自重するべきだったかな、と後悔しながらも、美味しいものを我慢するのは無理だと開き直ることにした。
「そうかぁ。じゃあ、ジュースと口直し用の干し葡萄をいただくとするか」
「………干し葡萄、苦手だからあげるわ」
すっとお皿を寄せると、アルフレッドはじとっとした視線をマリンソフィアに向ける。
「へー、まーだ好き嫌いをしているんだ?」
「………大人になっても、好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いなの覚えておきなさい、アルフレッド」
「………何という暴論」
ーーーずー、
マリンソフィアは無言で一気にジュースを半分飲み干した。
暴論だが、こう言わないと、アルフレッドは絶対に逃してくれない。『好き嫌いはダメだよ♡』と言いながら、『あーん♡』と言って、口元に干し葡萄を持ってくる未来が目に見えている。それだけは絶対に避けたいと思っているマリンソフィアは、彼の意識を他のものに向けることにしたのだ。
「あ、おいっ!僕のジュース!!」
マリンソフィアの狙い通り、甘いもの好きな彼は自分のジュースが減ったことに対して苦言を呈する。
「ふんっ!ばーか!!こういうジュースは飲んだ者勝ち。わたくしが飲んだから、これはわたくしのもの」
「………ストローが2本ついているのが目に見えていないのか?」
マリンソフィアはハートのストローを見つめて黙り込んでしまう。まさかアルフレッドが飲むはずがないと信じたいが、もしもに備えて全部さっさと飲むべきだと判断した。だが、彼との会話の途中に飲むのは不作法だ。
「………そんなの、あなたが飲まなければいいのよ」
「ふ~ん。じゃあ、間接キスになることには気づいているんだね」
アルフレッドの言葉に、マリンソフィアは顔を真っ赤にした。彼が普通に『間接キス』だなんて言葉を言うとは思ってもみなかったのだ。
「なっ!!そんな破廉恥な言葉を公の場で言うべきではないわ!?」
「………こんな言葉だけで『破廉恥』だって言うんだったら、色々やばいぞ、ソフィア」
「なっ!?何を言っているの!?あなたは馬鹿なの!?
「馬鹿じゃないよ」
アルフレッドは次の瞬間、もう1本のハートストローからずーっとジュースを飲んだ。
「!?」
「ふっ、可愛いな」
人生初の『可愛い』がこんな最悪な形で言われてしまうことになったマリンソフィアは、内心絶望しながらも、何故か嬉しさに舞い上がってしまっていた。相反する感情がせめぎ合い、複雑な心情だ。
「う、」
「う?」
「うぎゃにゃー!!」
とりあえず、マリンソフィアは
「………可愛すぎないか?」
首をこてんと傾げて、ふにゃりと笑ったアルフレッドに、マリンソフィアは首まで赤く染め上げる。
「可愛くなんかない!!何で飲むのよ!!」
「ん?飲みたかったから?」
またもや首をこてんと傾げたアルフレッドに、マリンソフィアは怒りが爆発する。
「飲みたい?ばっかじゃないの!?か、かかかっ、間接キスなのよ!?わ、わたくしたちにはまだ早いわ!!」
「へー、もうちょっとしたらやっていいんだー」
「何でそうなるのよ!!」
(意地悪というか、おふざけが過ぎるわ!!わたくしが先に恋人らしいことをしたとはいえ、これはあんまりよ!!こいつ相手に、悪いことをしたなー、だなんて一瞬でも考えたわたくしが馬鹿みたいじゃないの!!)
意地悪な表情で楽しそうにからかってくるアルフレッドに、マリンソフィアの怒りは限界値に達した。だが、育ちのいいマリンソフィアは、こう言う時にどうしても手を出すことができない。
「何でだろうねー」
「はぐらかさないでっ!!」
ただただ癇癪を起こした子供のように叫ぶマリンソフィアは、自分が馬鹿らしいと思いながらも、苦言を呈し続けた。
「………今日の君はいつも以上にとっても『可愛い』よ。ーーーこれは本当」
「うっ、………本当に、………アルの意地悪」
「そうだね。僕は君に対して
「………………」
結局、マリンソフィアは甘い顔で悲しそうに微笑んだ彼に、これ以上文句は言えなかった。
ちなみに、ランチの『ごちゃ混ぜ生クリームチョコフルーツスペシャルパンケーキ』はお約束通り時間内完食によってタダになった。サイドメニューも含め、ジュースが間接キスになるのを除けば、最高のランチだった。
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