婚約破棄されたのでお針子になりました。〜私が元婚約者だと気づかず求婚してくるクズ男は、裸の王子さまで十分ですわよね?〜

桐生桜月姫

第1話

「老婆のような白髪に、ちょっと賢いからって生意気な青い瞳が気に入らん!!よって婚約を破棄する!!せいぜい泣き喚くんだな!!」


 絹のように白いさらさらとした髪に、サファイアのような瞳を持つ美しい容姿をした女性を喚くようにして罵倒するのは、この国の王太子にして太陽のような黄金の髪に、エメラルドのような碧眼に中性的な容姿と見た目だけは麗しいと有名な、テナート・ハッフルヘン殿下だ。


「そうですか。わたくし、あなたのことを愛せませんでしたので、泣けませんの。ごめんなさいね」


 相対するは、この国の侯爵家の娘にして賢姫と名高いマリンソフィア・グランハイム侯爵令嬢だ。このパーティー会場で突如起こった婚約破棄に、会場では困惑の波が起きる。この歴代最高に賢き侯爵令嬢を手放すとは正気かと王太子を罵倒したくて仕方がなかったが、誰も言えない。だって、相手は無能でグズといえども王太子だから。


「ではでは、わたくしは自由のみということで、さっさとこの場から去りますわね。皆さまご機嫌よう。殿下に至りましては、コロンさまと末長くお幸せに」

「なっ、何故俺の愛するコロンの名をっ!?」


 マリンソフィアは王太子の質問を無視して、幼少の頃より王太子妃として徹底的に叩き込まれたカーテシーを披露して颯爽と立ち去っていく。


 ーーーカツカツ、


「御者っ!!さっさと馬車を出しなさい!!わたくし、お家に帰るわ!!」


 馬車に帰ったマリンソフィアは、満面の笑みを讃えて自分の家の馬車の御者に楽しげに言う。


「え、ぶ、舞踏会は………?」

「うふふっ、わたくし、勘当されに早くお家に帰らなくちゃならなくなったの。早く馬車を出して。身につけているものだけのまま、お家を出るのはごめんなの」

「は、はあ?」


 キョトンとした御者はマリンソフィアの言うことを聞いて大人しく馬車を出してくれた。


「うふふっ、あはははっ!これでわたくしは正真正銘自由の身!!わたくしの夢を叶えるためじゃないとはいえ、婚約破棄をしてくれた王太子殿下にはとーっても感謝しなくっちゃ!!」


 高らかな笑い声に御者は不思議に思うが、雇われの身である御者は何も言わずにグランハイム侯爵邸に向けて馬車を走らせる。

 美しいお嬢さまは、ついにストレスでおかしくなってしまったらしい。


 真っ白な白亜の城のような屋敷を前に、御者はいつも通り感嘆のため息を漏らしてしまう。それを合図に、マリンソフィアは御者の手も借りずに、ひらりと馬車から飛び降りる。似合わない濃い緑色の露出度の高いマーメイドラインのドレスの裾が、マリンソフィアの動きに合わせて華やかに舞い踊る。


「ふんふふ~ん、あ、御者!後ですぐにまた馬車を出してもらうから、このまま待っておいて。わたくし、今から勘当されくるから!!」

「え!?」


 やっぱりお嬢さまはストレスで頭がイカれてしまったようだと考えた御者は、けれど雇い主の娘に強く出ることができず、そのまま立ち尽くすことしかできない。


(俺の残業手当、ちゃんと出るのかな………)


 マリンソフィアは御者に背中を見送られながら、意気揚々と屋敷に全力疾走して行った。ハイヒールをものともしない走りっぷりに屋敷内の使用人が目を見開くのもお構いなしに、マリンソフィアは自室に飛び込んで金目のものを全部大きな旅行鞄にぐしゃぐしゃと突っ込んで、窓からぽいっと外に出した。これで屋敷から出ていけと父親に怒鳴られても、身につけた物だけでお屋敷を出て行かずに済む。


 ーーーがんっ!!


 恰幅のいい丸々ころころした成金根性しか見えない真っ赤な顔をした男が、扉を破壊するように入ってきた。マリンソフィアはノックもせずに、自室に不躾に入られたのにも関わらず、喜色満面に舞い上がった。


「マリンソフィアっ!!」

「あら、お父さまご機嫌よう!!愛人さまとのイチャラブのお時間を邪魔してしまい、ごめんなさい!!わたくし、このままさっさと出ていこうと思いますので、さっさと勘当にしてくださいませっ!!」


 ばっと頭を下げたマリンソフィアは、頭を下げることを心底嫌っているはずなのに、今は頭を深々と下げてもご機嫌そうだ。


「はあ!?」

「だってお父さま、わたくしが婚約破棄されたって聞いて本当のことを確かめに来たのでしょう?婚約破棄は本当よ!!ねえ、お父さま、わたくしを勘当して!!今は、『無能』、『金食い虫』、『さっさと死ね』って文句を言い続けている娘を追い出す絶好のチャンスなのよ!!ねえほら、早く!!」

「あぁ、もう、うるさい!!勘当すればいいのだろう!?ほら、今からお前は私とは赤の他人だっ!!さっさと出て行け、この無能のポンコツが!!」

「はーい!!」


 マリンソフィアは意気揚々とスキップをしながら屋敷の外に出た。

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