死んでも生きる

@yositomi-seirin

第1話 制限時間

 「来るなって言ってんだろ!」


 語気荒く、清華せいか陽人はるとを部屋から追い出した。


 彼は私に気がある。詳しい時期は覚えていないがこの先短い私に告白してきた。私のお母さんは彼が来る度嬉しそうに家にあげている。親心に死ぬ前に恋を経験させたいんだろう。陽人の気持ちは嬉しいが私はそんなことをしている暇は無い。


 中断させられた彫刻製作に再び取り掛かった。人は二度死ぬという。一度目は肉体が死んだ時。二回目は誰からも忘れられた時。肉体が死ぬのは避けられない。だからどんなに醜悪でも良い。せめて自分が存在した痕跡を残しておきたかった。




 小学生の時、難病だと診断されてから週に一度、欠かさず大学病院に通院してる。検査して、ほんのちょっと死ぬのを遅らせるためにそれなりに痛い治療をして、薬を処方してもらう。


 「終わりましたよ。良く頑張りましたね」


 いつもの看護師がそうねぎらい、いつもの医者からまた来週も同じ時間に来て下さいと言われる。


 最初こそいつか新薬ができますよ、とか励まされたが清華がそういうのを拒絶して今の事務的な対応になった。気遣われるのが嫌で嫌でしょうがないのだ。もし私が健康だったらそんなこと言われない。嫌でも難病に冒されていることを思い知らされる。


 治療の甲斐あって来年の三月頃まで生きていられるだろうと言われた。診断された時は二年生の中頃までだったから確実に成果は出ている。


 開始当初は嫌で嫌で仕方なかった。成果なんて知り用がないからただ痛いだけ。考え方が変わったのは高校一年の、自分の痕跡を残したいと思い立った時。時間制限があることに気付いた。完成させるまでは死ねない。死にたくない。心血を注ぎ始めた時、通院は製作の一部になった。


 ここまで言っておいてなんだが、それでも私は通院は嫌いだ。特に看護師が嫌いだ。営業用スマイルの下にいつも哀れみが隠れている。


 治療のせいで痺れる左腕をさすりながら会計で母親と合流した。幸い、国から補助金が出るおかげで経済的な負担はそんなに無い。

 

 「レストランにでも寄っていこうか?行きたいところある?」


 「うーん……。じゃあ近くのカツ丼屋」


 病院が終わった後はいつも外食だ。痛い治療を耐えたご褒美兼私が治療を止めないようようにする撒き餌だ。美味しいものを食べられるのは悪くないのでありがたく釣られている。


 美味しいカツを頬張りながら考える。もし私が普通の女の子だったら毎週外食なんてしないだろう。美味しい食事を食べられることに文句なんてあるはずがないのだけど、それでもどう処理したら良いのかわからない感情は残る。


 


 帰り道、車の後部座席でよーつべを見る。


 「お」


 気になっていた動画のタイトルに最終回とあった。シリーズ系の動画を見る際は完結したものしか見てはいけない。なぜなら自分が死ぬまでに完結するか分からないから。


 帰宅するとすぐ様彫刻の続きに取り掛かった。痕跡を彫刻で残そうと思ったのはこれが一番長く後世まで残ると思ったからだ。ミケランジェロの彫刻は今でもその姿を留めている。


 納得するものを作るために何回も繰り返し作っている。どんな彫刻にするかは結構悩んだ。何せただ残すためだけに作る物だから。最終的に自分と同じ年齢の少女の像を作ることにした。


 下手くそだった彫刻も回数を重ねるにしたがってなんとか見れるものになっていき、今ではそれなりの物を作れる。多分今作っている物か次回作で満足する物ができる。


 部屋には素材となる石膏や彫刻刀が散らばっている。両親は基本何でも買ってくれる。石膏も彫刻刀も、そこそこ値の張るものがやりたいと言った翌日には速達便で届いた。


 他にも、欲しいもの、興味のあるものはほとんど無制限に貰える。最新のゲーム機もVR機も持ってるし、テレビで美味しそうな食事が放送されれば週末には泊まりがけになろうとも食べに行く。


 一度お父さんにお金は大丈夫なのかと聞いたことがある。治療費が掛からないから大丈夫だよ、と返された。でもその時、私はお父さんの目の奥に映った悲哀を見逃さなかった。私は普通の人がかかる一生分を18年に圧縮して使ってもらってるんだ。


 ひたすら彫刻に専念しているといつしか夕飯の時間になっていた。お母さんが腕によりを掛けて作った美味しいご飯を食べ終えたらお風呂に入った。


 その後はまた彫刻製作に取り掛かる。


 「ちゃんと寝るのよ」

 

 私が彫刻のために深夜まで起きていることを知っているからお母さんはよくそう言う。私がするのは生返事。お母さんなりに私の体調に気をつかってくれているのだけど私としてはどうでもいい。だって数ヶ月後にはこの世からいなくなる身だし。不摂生が祟るなんてことはないのだ。


 彫刻は明後日か明明後日には完成を迎えるだろう。


 ちなみに、今まで作ってきた彫刻は駄作と言ってよく、お母さんに捨ててと頼んでいるのだけど、いつもお母さんは捨てずに取っておいてる。一応私には秘密でやっているつもりらしい。


 私としては文句は無い。お母さんは私の思い出がほしいのだ。一度、お父さんと一緒に泣いているのを聞いたことがある。私が先天性の難病を抱えていることを酷く悔いていて、しきりに丈夫な体に産んであげられなくてごめんと繰り返していた。


 この彫刻はそんな意図では作ってないけど、死後もお母さんに寄り添ってくれたらな、とは思う。

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