100日目 2
口付けを交わすのは、これが初めてのことではない。お互いの舌を絡ませあって、吸って、甘く噛んで。呼吸さえ奪うかのように必死に貪りあった。
久しぶりに会えたからだろうか、それとも気持ちを伝えあったからだろうか。なんだか、以前よりも感覚が鋭くなっているような気がする。
「ん、っ……っ、ふぅ、う」
「夜鷹、苦しい?」
「んん、もっと……」
「ん」
強請るとすぐに与えられる。体の力が抜けて、周にもたれかかる体勢になった。それを抱きとめるように腰を引き寄せられ、意味ありげに帯の結び目に指をかけられる。
その意図を理解して、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「今日は、百夜でいい、のかな」
「ああ、うん」
「そっか」
「期待してるって言っただろ、さっき」
「……っ、うん」
だから、ほら。早く。
こんな重たい着物なんか脱ぎてて、早く一つになりたい。ああ、でも。
「夜鷹としては、抱かれたくない」
「ええと、それは」
「……わがままかもしれないけど。陰間としてだと、客に抱かれるってことだろう? それは嫌なんだ」
金を払えば誰でも俺を抱くことが出来る。心の底では嫌だと思っていても、抗うことはできない。
それに今日は百日目だ。周が俺を抱くことは、それはつまり、客として陰間の夜鷹を抱くということ。
でもそうじゃないんだ。陰間としてじゃなくて、一人の人間として抱かれたい。だから。
「名前、呼んで」
「夜鷹?」
「ううん。俺の、本当の名前」
この世で数人しか知らない、もう誰からも呼ばれないと思っていた俺の名前。
「珠希……たまき、それが、俺の名前」
ここに来た時に捨てたはずの名前は、ずっと胸の奥で大切にしまっていた。いつか本当に大切な人が出来たら、共に生きていきたいと願う人と出会えたら。
その時に伝えようと思っていた、俺の名前。
「りん、ではないんだね」
「離れ離れになる直前、兄上がつけてくれたんだ。逃げるのならそれまでと違う名前がいいだろうって。琳太朗は幼名だから、そこから一字とって、珠希」
「そうか。素敵な名前だ」
「うん。だから貴方に知って欲しかった」
何もかも失ったと思った俺に一つだけ残された、珠希という名前。「美しい希望があるよいに」という願いが込められた通り、輝かしい希望が目の前にあった。
囁くように「たまき」と呼ばれる。何度も、何度も。噛み締めるように。その度に胸が締め付けられて、堪らずに抱きつくとゆっくり布団に押し倒された。
「珠希……愛してる」
「う、ん」
「だから、君を抱いてもいい?」
「っ」
返事の代わりに小さく瞬きをする。髪に飾られた簪を引き抜かれながら、また深い口付けの海に溺れていった。
心臓が、痛い。
周に触れられた場所は熱を帯びて、そこから溶けだしてしまいそう。首筋を掠めた唇からは乱れた呼吸が溢れていた。
着物が擦れ合う音が響く。それに混じって、掠れた自分の声も。鼻にかかった甘ったるい声は、別人のものかと思うくらい蕩けきっていた。
「あ、あっ、そこ、やだ……っ」
「どうして? 嫌い?」
「ぞわぞわする、っ、から」
鎖骨の辺りを執拗に舐められる。腰が震えて砕けてしまいそう。何度も跳ね上がる体を抱きしめられて、なんとか耐える。
少しずつ与えられる快楽に頭の奥がジンと痺れた。今はまだかすかな刺激だけど、確実に体は敏感に反応している。これがもし、もっと激しいものになったら。
俺はきっと耐えられない。
「たまき、珠希……顔を隠さないで、私に見せて」
「うー……」
「うん。いい子」
両手を緩く握られる。これでもう顔は隠せない。声も抑えられない。ただ、さらけ出すことしかできない。
恥ずかしさで涙が滲んできた。
「脱がせていい?」
「ん」
そんな恥ずかしいことを聞くな、と言いたかった。でも周にじっと見つめられたら言葉も出てこなくて、素直に頷いてしまう。返事と同時に打ち掛けの帯を解かれた。そのまま流れるように脱がされていく。
襦袢の上からもう一度体を撫でられ、喉が鳴った。
「……綺麗だ、とても」
「どこが、っ、あ、その触り方、気持ちいい……っ」
「気持ちよくなって。痛いことはしないから」
「……っ」
酒と熱に酔わされて、何度か体に触れたことがある。周も同じように触れたけれど、こんなにも丁寧ではなかった。あの時は焦っていたのだ。だからどこか性急で、荒々しさが残っていた。
でも今は、大切に俺の体に触れる。少しでも乱暴にすると壊れてしまうかのように。その優しさが嬉しいけれど、同時にもどかしい。
「も、いいから……っ!」
そんなに余裕だってないくせに。本当は、限界が近いくせに。表情だけは冷静だけど、太ももに当たっている熱は隠しようがない。
それならいっそ、痛くてもいいから思い切り抱いて欲しい。それくらいで壊れるような人間じゃないんだ、俺は。
それに。
「も、もどかしいんだ、その、中が……」
「えっ」
腹の奥がずっと切なげに疼いている。自分の指じゃ届かなかった場所に触れて欲しいと鳴いている。なのにずっとそのままにされるなんて、そっちの方がよほど苦しい。
だから、早く。
「中に、来てくれ」
「でも、準備が」
「してる。もう」
「た、たまき」
手を取って足の間に導く。はっきりと兆した熱と、柔らかく解れた後孔に周の手が触れた。さすがにこれで分かるだろう。
俺が、何を求めているのか。
「……抱いて欲しい。今すぐに」
「う、ん」
真っ赤になった顔を突き合わせて、真剣に何を言っているんだと呆れてしまう。でも今の俺には何よりも重要なことだった。
襦袢を脱がされ、行灯に照らされた俺の体は決して見目美しいものではないだろう。右足には古傷があるし、女性と違って柔らかさもない。それでも周は、ごくりと生唾を飲み込んだ。
それからゆっくりと後孔に手を伸ばす。ああ、いよいよかと身体中に緊張が走った。
「用意してるから、別に周が何かする必要はない、けど」
「そうみたいだね」
「んっ……」
ぐちゅ、と音を立てて溢れてくる香油を周の指が掬いとる。そのまま中に押し込むように動くから、堪らず震える息が漏れた。縁の辺りを解され、かと思ったら焦れったく出たり入ったりしてくる。予想のつかない動きに、あっという間に翻弄されてしまった。
頭の中がふわふわしてくる。触れられるところ全てが熱を持ち、ますます腹の奥が締め付けられる。自分でぬめり込ませた香油が、とろりと流れ出てくるのが分かった。その感覚に、また恥ずかしさで身体中に熱が生まれる。
「あ、ああっ、あ……っ」
「入れてもいい?」
「いい、から、早くって言ってる……!」
「聞きたいんだ。君の言葉で」
「……っ、あ、入れて、はやく、指……、っ、奥まで……っ!」
涙の混じる声で必死に懇願すると、急に周はぐっと眉間に皺を寄せた。そして、そのまま何も言わず一気に指を押し入れてきた。
突然の衝撃に息が詰まる。目の前に、火花が散った。
「んああ、あ、あっ!」
「あつい……」
「あ、あまね、っ、まって、急にはだめ……っ!」
「怖い?」
「ちがう、っ、気持ちいい、から……っ」
自分の指では届かなかったところに、周が居る。まだ指だけなのに少しずつ何かで満たされていく気持ちになった。
足先からじわりじわりと熱が込み上げてくる。
「あまね、やだ、とおい」
「うん……じゃあ、近くに居る」
「ん」
縋るように手を伸ばす。それは無意識の仕草だったけれど、周は嬉しそうに抱きしめてくれた。体が近づいたせいで、先程よりも強度を増した熱が押し付けられた。もうずっと我慢させている。本当は早く入れたいだろうに、俺のために時間をかけてゆっくりと解してくれている。
ぐちゅぐちゅ鳴る粘ついた音は恥ずかしいし、もう何も考えられないけれど。
ああ、愛おしいと。ただそれだけは、はっきりと理解出来た。
「珠希、口開けて」
「ん、ぁ」
「そう。いい子」
呼吸をする前に深く口付けられる。必死になって舌を絡ませ、溢れてくる唾液を啜りあげた。そうしている間にも周の指は激しく動き回る。
いつの間にか指は三本に増えていたけれど、圧迫感や不快感よりも充足感の方が強かった。「ん、ッ、んん」
腰が揺れる。息が苦しくなってきたけれど、口付けをやめたくはなかった。少しでも離れると死んでしまうかのように、お互い夢中になって貪り続ける。
ぴったりと重なった魔羅は、どちらも先走りが流れ出て熱く、硬くなっている。周も興奮しているんだと思うと、腰が甘く痺れた。
「っ……、締まったね」
「ばか、言うな、そんなことっ!」
「うん、ごめん……私も余裕がないんだ」
そんなこと、顔を見たらすぐに分かる。苦しげに歪めれた眉、額から流れる汗、乱れた呼吸。普段の周からは想像もつかない姿だ。
それらが全て俺によるものかと思うと、もう、堪らない気持ちになる。
「もう、いい?」
「ん……」
全身で抱きしめたかった。腕を伸ばして抱きつくだけじゃ足りない。もっと、深いところで。体全身で、周を愛したかった。
「力抜いて」
「は……っ」
後孔にぴたりと熱い何かが触れた、何か、なんて。そんなの一つしかない。指とは比べ物にならないほどの大きさと熱さだ。本当に入るのだろうかという不安が生まれてきて、無意識のうちに周を抱き寄せる。
意図を察してくれたのか、優しく唇を食んでくれる。
「ん、ぅ……っ、ん、んんっ、ん、あ、ああ……っ!」
「……っ、は……」
ぬぷ、と音を立てて先端が入り込んでくる。体が裂けていくような感覚に襲われた。痛みはない。でも、違和感は拭いされない。
でも周は何度も優しく口付けをしてくれるから、気持ちいい感覚も与えられて、もう何がなんだか分からなくなった。
「んん、は、ぁ……っ」
「気持ちいい?」
「あ、わ、からな、い」
「痛い?」
「ん、ぁ、っ、痛くは、ない」
「そう……よかった」
色々なものに耐えられなくて、無意識のうちな強く閉じていた目を開ける。思いのほか近いところに周の瞳があって、その琥珀色がなんとも優しげで、そして心底愛おしいと叫んでいて、また恥ずかしくなる。
俺は目を開けることさ必死なのに。周にはまだ余裕があるなんて。
「ああ、すごい……君の中は、こんなにも熱いんだね」
「ば、ばか、そんなこと、言うな!」
「だって本当ののとだから」
「いちいち恥ずかしいんだよ! それに、耳元はダメ……っ!」
低くて穏やかな声が、少し上擦っている。わずかに掠れているのも分かった。口ではこんなにも恥ずかしいことを言っておいて、どうしてお前が照れるんだ。
その間もじわじわと侵入していた魔羅が、ついに最奥に辿り着いた。下生えが肌をくすぐり、太ももが触れ合う。手のひらで直接触れているわけでもないのに、周の魔羅がどんな形で中に収まっているのかはっきりと分かった。
「あ、あ、すごい、ここ、周がいる」
わずかに膨らんだ腹を撫でる。思ったよりも深いところにまで熱は入り込んでいた。ちゃんと受け入れられたことに安堵した途端、何も言わず周が腰を揺らした。
ゆっくりと、あやすように揺すられる。背筋に痺れが走った。
「っ、あ……、っ」
「珠希、力を抜いて」
「そんな、できない、っ」
「食いちぎられそうだ……」
耳元に寄せられた唇から、ぽつりと声が盛れた。その声はひどく苦しそうで、吐息に混じって今にも消えてしまいそうなほどである。
自分の中が、これほどまで周に痛みや苦しみ、快楽を与えているのだと気づいた瞬間、腹の奥がぞわりと疼いた。
「あ、ああっ!」
「は……っ」
自分でも分かる。今、俺の中が周を甘く絞り上げた。奥へ奥へと誘い込むように蠢いている。そして、周に快楽を与えている。内壁でしゃぶりつくす感覚が、次第に苦痛から快楽に変わっていった。
一度自覚したら、もう駄目だった。
「やぁ、あっ、あん、っ、あっ」
「たまき、っ、すごい、絡みついてくる……っ」
「ん! ひぃ、っ、あっ、ああっ……」
腰が容赦なく叩きつけられる。視界の先で、自分の足先が揺れるのが見えた。周が動く度に額から汗が流れ落ちてくる。必死に噛み締めた唇の隙間から、乱れた息がこぼれ落ちていく。
やみくもに伸ばした手が、周の肩に触れる。そのままぎゅっと握りしめられた。開きっぱなしになっている唇を塞がれ、薄い舌がねじ込まれる。苦しいのに、なぜだか安心して、体の力がふっと抜けた。
その途端、腹の奥から強い衝撃が生まれた。じゅわりと蜜が溢れてきて、また甘く痺れる。奥の奥が疼いてたまらない。どうしようもなくて、はしたなく腰をくねらせる。中でビクビク震えている周の魔羅を腹の奥に擦り付ける形になった。
「なに、か、来る……ぅ、っ」
「ん、力抜いて……そう、いい子」
「あぁ、っ、あ、っ、……っ!」
強く抱きしめられ、優しく髪を撫でられる。手つきは優しいのに腰の突き上げは激しく、容赦がない。ぞわぞわ腰から駆け上がってきた快楽から逃れられるわけもなく、掠れた声で名前を呼ばれた瞬間、意識が白く飛んだ。
耳元で低く唸る声がする。中で、周の魔羅がどんな形で放出しているのか、はっきりと分かってしまう。それくらい俺と周は、一つになっていた。
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