彼と彼女に祝福を

神岬詠詩

あれは、高校2年生の頃でした。

 目立たない見た目

 目立たない性格

 特徴の無い人物

 悪し様に言われるほど、悪くなく

 貶められるほど、秀でてもいない

 真面目でもなく

 不真面目でもない

 無視されるわけでもなく

 頻繁に誘われるでもない

 よく気がつく人間ではない

 優しいと言われる人柄ではない。


 それが僕だ。


 そんな僕にも、一人だけ友人がいる

 僕と同じく、あまり目立たない男

 陽気でもなく、陰気でもなく

 正義漢でも、悪漢でもなく

 おおよそ穏やかで優しい人物。


 岸辺 亮介。


 ひとつ明確に違うのは、言葉の端々に何か活力のようなものを感じるところだ。

 昼食は大体一緒で、放課後はきまって携帯ゲームを持ち寄る。

 趣味も近しく、細かな主義主張で口論になった事もない。


 今日も空調設備の整ったリビングで、何気ない馬鹿話をしていたところ、「そういえばさ」と彼はさも思い出したかのように用意していたであろう話題を提供した。

「お前ってさ、好きなやつとか、いたりするか?」

「え?……あ、落ちた」

 一瞬の硬直の内に操作を誤り、ゲーム内のアバターは崖下への自由落下をキメて、ダメージと共に画面が暗転する。

「え、一人は無理」

 彼の呟きと共にクエストが失敗し、集会所へと転がされた。

それを機に一度電源を切って訊ねる。

「いやいや、なんでいきなり修学旅行の夜みたいな話題?」

「修学旅行の時も俺らはしなかったし、卒業までになんとなくしておきたかったというか……」

 どうにも歯切れが悪い。が、状況から察するに。

「さてはお前……」

「……くっ、殺せ」

「男だとさっくり殺されるでしょ。もしくはNTR展開、いやこの場合はBSSって言うんだったか?」

「それは……良くない。良くないぞ」

 頭が痒いらしくバリバリと激しく掻いて、胡座をかいた膝に手を落とす。

「同じクラスの、だな。た、たk……高嶺……」

「……………まじかー……」


 高嶺 華。

 名は体を表すのか、名に恥じぬよう努力を重ねたのか。容姿も成績も磨きに磨き上げて、女子力の権化とさえ呼ばれる傑物だ。

 その上、性格も良いときた。

 あまり他人の顔を覚えない僕でさえ、記憶にあるレベルの有名人だ。

 当然、クラスのヒエラルキーの頂点に君臨する。

「どうすんのさ……」

「それに困っててな」

「だよなー」

 おもむろにゲーム機に手を掛け、慣れた動作で起動する。

 電源を切った事でネットワークから切り離された旨のメッセージを確認し、新しくルームを建てる。

「なあ」

「ああ、鉱山ならどこでもいいぞ」

「おけおけ。ギリギリまで金鉱掘るコースな」

 設定されるエリアに対してボスが弱いクエストを受注する。

「貼った。………じゃなくて」

「え、なに?貼りミス?」

「ミスってないし。そうじゃなくて。高嶺の方」

「妙案でも浮かんだか?」

「お前、なんかフラグとか立ててないの?」

「……俺のフラグが立っている事しかわからん」

「だよなー……」


 そんな会話を続けて、僕らは求めている素材を集めきった。


 食事の間も、寝る前も。

 彼の言葉は、僕の中でぐるぐると回り続ける。

 そうか、あいつがな。

 今年のクラス替えからだから1年未満の短い付き合いしかないが、気の合う友人だ。どうせならハッピーエンドであってほしいと、微睡む中でそう思わずにはいられなかった。




「まず、印象に残る事が大事だと思う」

「ほう?」

 翌日の放課後、ポテチをコーラで流しつつ、提案した。

「高嶺ってさ、絶対告白され慣れてるだろ?」

「だろうなー」

「で、絶対断り慣れてるだろ?」

「……だろうなぁ……」

 彼の声が若干、鼻声になっているのは無視して。

「他の奴とは違ったアプローチをするわけだ」

「どうやって?」

「そこだよな……探りを入れるにも、僕らには人脈が無い」

「俺ら孤立してるもんなー。いや、忘れ去られてる?」

「あと、感づかれると横槍が怖い。先手を打たれて悪評流されるとかな」

「うわ陰湿。つーかよく思いつくなそんなエグいの」

「よくあるだろ。漫画とか小説の中で」

「確かに」

 と、漠然とした方針は決まったものの、具体案は出ず。


 それから無為に数日が経ち、3年生の姿を見なくなり、卒業式で歌う合唱曲の練習が日程に組まれ始めた頃。

 移動教室先にノートを忘れてきた事に気付いた。

「やべ、まじか」「どうした?」

「ノート置き忘れた」「あるある」

「パン頼んだ」「何がいい?」

「甘く無いやつ」「おけ」

 脊髄反射のようなやりとりを済ませた後、先程まで授業を行なっていた理科室へと戻る。

 途中、高嶺とすれ違い、一人でいるなんて珍しいな、と通り過ぎて。おおよそ30秒後に頭を抱えて後悔した。

 1対1なら何か聞き出すチャンスだったのでは?

 ……いや、無理か。

 己の臆病振りを思い出すと、妙にスッキリできた。


「なあ、これはミッション成功か?失敗か?俺としては成功だと思うんだが……」

 ノートの回収を済ませると教室で彼が腕を組んで首を傾げていた。

 机にはタマゴサンドとマヨコーンパン。どちらも甘いといえば甘い、しょっぱいといえばしょっぱい。

「菓子パンじゃないから成功だな」

「よし。あ、240円な」

 小銭入れから丁度を手渡し、受け取ったパンの袋を破る。

「今日忘れてたら危なかったわ」

「ん?」

「ノート。課題出てたろ?」

「あー……あぶねぇ。忘れてた」

「ついさっきの話だぞ。ニワトリか。……ん?」

「どうかしたか?」

「これ、何だと思う?」

 彼にもノートに挟まっていた紙片を見せる。

 そこには、


『相談したい事があります。

 放課後、教室でお待ちしています。』


と書かれていた。

 宛名も何も無い。筆跡から推測すると女子のものだが、それを模した男子のいたずらかも知れない。

「……どっちにしろ、待つしか、ないよなぁ……」


 普段なら早く帰ってゲームに興じる以外にないが、幸か不幸か僕らには今、話すべき話題がある。

 教室に居座り、誰もいなくなった頃合いを見て切り出した。

「印象に残る告白かー……」

「夜景でディナーとか?」

「財布に悪過ぎるし振られた時辛さ倍増じゃね?」

「だよなー。……んー、プレゼント?」

「され慣れてそうだけど無難だろうな」

「なんだろ……アクセサリー?」

「重い重い。あと手作り系も重いな」

「うーむ……どのくらいが重くないんだ?」

「…………………………………既製品で、そこそこお洒落で、手頃な値段、の物……か?」

「んー……ハンカチ、とか?」

「いい感じに無難だな。捨てやすい」

「ぐっ……」

 彼はわざとらしく心臓のあたりを掴む仕草をする。

「早速明日にでも探しに行くか……」


 話をしていれば案外と時間は早く進むもので、現在時刻は午後7時。完全下校のアナウンスと共に僕らは教室を後にした。


 夕食の後、課題を済ませる為にノートを開く。

 今日の授業内容の考察を書き加える課題。いつもなら授業の終わりに回収するが、今回は実験の時間が押した為、提出期限が明日まで延びたのだ。

 ふと、気付いた事がある。

 課題をする為にノートを開くのはいつか。

 今このタイミングに開くと、書いた人物が予想していたならば、『放課後』とはいつを指すのか。

 明日確かめるしかないか。

 ……でも、出来れば日付を予め書いておいて欲しかった。

 それにしても、相談。……相談ねぇ。


 まず第一に。僕のノートに仕込むというのが分からない。

 自慢ではないが、相談相手としてはリストのかなり下の方に位置している。人脈の無さから推察される情報漏洩のリスクヘッジと考えれば幾らか納得は出来るか。


 相談内容は?

 勉強などの真面目な内容ではないだろう。僕は成績が良い訳ではないし、誰に聞かれても問題のない話ならメモを挟むなど回りくどい方法を使わずに表立って動いても良いはずだ。

 そこから察するに、お堅くない内容。僕らの日頃の会話を参考にするならば、ゲームの話が真っ先に思い当たる。隠れゲーマーがマルチプレイの相手を探している?……なくはない。


 そして、肝心の人物。

 心当たりは全く無い。

 しかし、提出用に記名されたノートなのだから宛先が僕である事に疑う余地はない。


 隠れゲーマーのセンで考えてみよう。

 周囲からの印象で"しそうにない"と思われている人物が該当するだろう。例えば成績優秀な人物。家が厳しそうな人物。といった本人の意向にかかわらず周囲がそれを許さないパターン。

 とは言え、多かれ少なかれハードを問わなければゲームに触れていない学生なんてものはそうそういないだろう。有名落ちものパズルゲーなんかはゲームを毛嫌いしている層からも市民権を得ていたりする。それでなくとも、ゲーム機でなくともゲームは出来る。

 となると相手はニッチでコアなゲーマー?流石に僕らもそこまでではないから、相手をがっかりさせてしまうかもしれないな。


 ……考えても仕方ない事か。

 そう結論付けてしまうと今までの思考はなんだったのかと思えてしまうが、恐らく明日の放課後まで待てば答えは向こうからやって来る。それを待てば良いだけ。

 ……だけなのだが。

 気になって仕方なく、気を紛らわせるためにゲームを起動する。協力プレイの出来ないストーリー部分の攻略を進めよう。




 ゲームのモンスターに食われるリアルな夢を見て、心臓をバクバク鳴らしながら起きたのはいつもより一時間程早い時刻。

 血流が良かったせいか、体は完全に目覚めていて、二度寝は出来そうにない。意趣返しにそのモンスターを3回程狩るとレア素材が3回連続で手に入った。これが天啓というものだろうか。


 放課後になると彼は「例のモノを探しに行く」と昨日話していたプレゼントを買い求めるため早々に居なくなり、クラスメイトも部活や帰宅で三々五々に教室を後にする。

 本を読むフリをしつつ、待っていると、教室には誰も残っていなかった。


 昨日はずっと雑談に興じていたからそうでもなかったが、普段賑やかな空間が静かだと、なにやら特別感がある。

 それにしても、誰も残らなかった。

 考えたくはないが、いたずらの類だった?

 ……いや、委員の仕事があるのかも知れないな。教員に雑用を押し付けられていたり。……今日の日直は誰だったか。黒板の名前は消された後だ。

 戸を開けて、この姿を嘲笑っている誰かが居ないかだけを確認すると、自分の席に座り直し、今度はフリではなく本を読む事にした。


 更に一時間程経過した頃。

 廊下からやや感覚の狭い足音が聞こえてくる。静まり返った教室に、リノリウムを叩く音はやたら大きく響いた。

 やがてガラリと戸が開く音に合わせるように本を閉じ、そちらを見ると息を切らせた人物の頭頂部が見えた。

「ごめ、なさい。ずっとまたせ、ちゃって」

「あ、いや。本……読んでたから。うん、大丈夫」

 その相手に驚いて少しどもってしまった。

「よ、良かった」

 頭を上げた彼女は息を整えながら、やや赤らんだ笑顔を僕に向けた。

 それが少し、僕の胸に棘を刺す。


「えっと」

 声を発しながら、聞く項目の優先順位をつける。まずは、

「高嶺が僕に、何の相談?」

 "まずは"も何も無い。それが本題で全てだ。

 直截な言葉に面食らった様子で数秒狼狽えると、意を決したのか数度の深呼吸のあと声を発する。

「好き………なの」

 頰を赤らめる美少女の一言は、僕の足を一歩退かせた。

 そして胸に痛みがはしる。色々なモノが綯い交ぜになって、よく分からない。

「……君の事が」

 惹き込まれる彼女の綺麗な声、少し前にハンカチを買いに行ったアイツの声がフラッシュバックし


……ん?


「もう一度良い?名前の方。確認」

「え、あ、うん。…………りょ、亮介 君」

 これ以上無い程赤く染まる彼女の顔を見ていたら、先程までの馬鹿馬鹿しい胸の痛みはスッと何処かへと消えてしまった。

 というか。まじか。おいおいおいおい。

 僕は胸の中でガッツポーズをした。実際の右腕も腰の辺りで小さくそんな動きをしている。

「それでその……仲介、というか、協力をし

「オーケー。ちょっと待ってて」

 食い気味に返事をしてスマホを取り出し、一番使っている番号を呼び出す。

「おい、ダッシュで教室まで来い!うるせぇ!逆転サヨナラホームランなんだよ馬鹿野郎!」

 電話越しに何やら文句が聞こえていたが無視し、やりきった満足感を吐き出しつつ電話を切る。

 向き直ると、彼女が目を丸くして立ち呆けていた。

「あ、ああ。悪い。いきなり大声出したらびっくり

「え、ええぇぇぇ!!」

 今度は僕の方が驚かされた。こんなに大きな高嶺の声を聞いた事は一度もない。

「え、や、ちょっと⁉︎ お願いしたのは私だけど、その。展開早くない⁉︎」

「あーーー…………つい」

「ついじゃなくて!」

「ははは……」

 こういった経験は無いけれど、この様子は、反応は。多分本気の感情なんだろう。

「高嶺はアイツの……」

 言いかけて、やめた。

「また今度聞く。じゃあ、僕は廊下に出とくから」

 荷物も持ち、戸を後ろ手に閉めて、彼を待つ。

 教室はしんとして、緊張を扉越しにも感じた。

 それからおよそ10分。この上なく息を切らせ、ふらつきながらこちらに向かってくる。あんな言葉で本当に全力疾走してくる彼の姿を見て、変な笑いが漏れる。

「お疲れ」

「……ホントだよ全く。で、逆転サヨナラホームランってなにさ?」

「教室入ればわかるって」

「なんだよ……」

 彼が悪態をつきながら戸を開けると、教室の中から机か椅子かが鳴る音がした。

「じゃ、頑張れ!」

 少し大きく、二人に声をかけて。 僕はその場を後にした。





 次の日、教室は騒然となる。

 難攻不落と称された高嶺華が男子と手を繋いで登校である。

 登校から授業時間を除き、それぞれに人垣が形成され中へと埋もれていった。

 後に聞いた話によると、小学生の頃に男子にちょっかいをかけられていた高嶺を彼がそれとなく助けたらしい。その時彼から借りたハンカチをまだ大切に持っているのだと言う。

 また、自分のヒーローに見合う自分になるよう何から何まで研鑽重ねていたのだとか。実に意地らしい。

 十分過ぎるフラグを立てていたんじゃないか。

 彼がプレゼントの例としてハンカチを挙げたのも、このエピソードがあったからなのではないかと、今となって思う。


 それから度々彼女との惚気を聞き、些細な喧嘩の仲裁に駆り出され、以前のようにゲームをしていたのだが、徐々にそういった機会は少なくなり、二人とは卒業を機に疎遠になっていった。

 僕が進学で上京したから仕方ない。物理的に距離が遠くなれば機会も減るというものだ。



 今朝、郵便受けに入っていた綺麗な封筒を開け、人前で語ることになる彼らの馴れ初めを思い出しながら、丸をつける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼と彼女に祝福を 神岬詠詩 @rihight

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ