第38話 38、マリシナ廻船試乗会 

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 マリアは待合室の入口横に用意してきた看板を掲げた。

看板には次のように墨書されていた。


マリシナ廻船

業務: 人、馬、荷車を安全、安価、高速で運送。

順航路: 福竜→五月雨→石倉→大石→白雲→薩埵→福竜。

逆航路: 福竜→薩埵→白雲→大石→石倉→五月雨→福竜。

     (共に、福竜発は7時、福竜着は18時)

安全性: 20人のマリシナ国兵士が同乗する。

料金: 人1人(荷物含)、馬1頭、荷車1台(荷物含)当り1駅百文。

利用方法: 事前に待合室で乗船木札(100文)を購入、搭乗時に木札で支払い。


 1日で湖を一周できることは便利だ。

昼食弁当を持って6駅分の600文(15000円)を支払えば湖の1周ができる。

暇人にとっては筏船から釣竿を出せば一日中釣りを楽しむことができるかもしれない。

30分間だけとは言え、異国の土地に立つことができる。

そのうち土産屋(みやげや)もできるかもしれない。

盗賊にとっては異国で強盗しやすくなるかもしれない。

マリアは最初の一周には大若松一家客分の平手造酒を招待したいと思っていた。

きっと喜ぶ。

 午後になると福竜国親衛隊長の龍興興毅が部下5人を連れてマリアに会いに来た。

「マリア殿、桟橋、屋形筏船、兵舎待合室、物流倉庫ができあがりました。いかがでしょうか。」

龍興興毅は待合室前の看板の前でマリアに言った。

「良くできていると思います。ありがとうございます。明日を試乗日とし明後日から営業を開始しようと思います。明日の試乗日にはご招待いたします。ご興味があれば飲料昼食を持参して御参加ください。屋形筏船には10人程度は乗れると思います。朝7時に出発し、夕6時に到着の予定です。」

「うむ、参加させてもらう。拙者は来るが殿が来られるかどうかは分からない。」

「殿様は安全が確認されてからの方がよろしいと思います。」

「そうだな。」

 龍興興毅が帰るとマリアは一人で城下町に行き大若松一家を訪れた。

「ごめんなすって。」

マリアの声に上り端にいた人斬り雷蔵こと松野雷蔵がすぐに応えた。

「あっ、いらっしゃいマリアさん。親分を呼んできます。」

「いっしょに平手先生も呼んでくれやせんか。」

「分かりました。先生は最近は元気がないんですよ。」

「どこかお悪いのですか。」

「暇病(ひまびょう)かもしれません。」

 すぐに大若松佐助親分と平手造酒が奥から現れた。

「おお、マリアさん。ここに来たってことは廻船の準備ができたってことかな。」

佐助親分が言った。

「はい、明日は試運転で明後日から営業しようと思っております。明日の試運転にご招待しようとここにまいりやした。」

 「そうかい。試運転には殿様も来るんじゃあないのかい。」

「いえ、殿様が筏船に乗るのは安全を確認してからだと思います。親衛隊長の龍興興毅様が乗ると思います。」

「親衛隊長さんか。・・・わしゃあ、出発を見には行くが参加は遠慮するわ。先生は行かれたらいいんじゃあないですか。」

 「そうだな。面白そうだ。マリアさん。拙者が行ってもいいのか。」

「もちろん大歓迎です。朝の7時に出発予定です。湖を一周して夕方6時に到着します。申し訳ないんですが、そんな日程なんで平手先生にはお昼のお弁当を持参して下さい。それから、・・・暇(ひま)になるかもしれやせん。釣りの用意をして来られたら良いのかもしれません。あっしはこれから帰りしな、お酒を買って帰ろうと思いやす。」

「マリアさんも一緒にいくのだな。」

 「はい。時計回りと反時計回りの5艘船列が同時に出発しますが招待客は反時計回りの船列に乗っていただきます。私も娘達も同じ船に乗る予定です。寄港地は薩埵、白雲、大石、石倉、五月雨で、夕方6時に福竜到着です。」

「一周を11時間か。早いな。馬よりも早い。」

「兵士は馬以上の力を持っておりますから。」

「そのようだな。乗せてもらうよ。」

 翌朝、6時半前には福竜国親衛隊長の龍興興毅は3人の部下と馬一頭と荷車一台を引き連れて兵舎の前で待っていた。

大若松佐助親分と人斬り雷蔵と平手造酒も看板の前で待っていた。

6時半になると、兵舎待合室入り口が開き、中からマリアと娘姿の7名が出てきた。

兵舎の入り口からは80人の重武装兵士が出てきて木道を進み、陸桟橋に展開し、所定の筏船に搭乗した。

 マリアは皆を迎えた。

「皆さん、よくいらっしゃいました。ご紹介は後にして、これから筏船にご案内いたします。皆さんは近い方の左回り船列に乗ることになります。人間は3番目の屋形筏船に乗り、馬は4番目、荷車は5番目に乗ります。馬と荷車の乗船下船の誘導は護衛兵士が行います。」

「人間4人と馬と荷車を乗せて欲しい。」

龍興興毅が言った。

「了解、イビトがご案内いたします。・・・イビト、ご案内して。」

 「マリアさん、拙者と雷蔵さんが乗っていいかな。」

平手造酒が言った。

「了解、釣り竿を持っていらっしたのですね、先生。」

「うむ。長い旅だからな。」

「釣れるといいですね。・・・サオリ、ご案内しなさい。」

「はい、マリア姉さん。」

 筏船と陸桟橋の間には幅3mの渡り板が架けられ、馬用と荷車用の渡り板には筏船内への斜路板も架けられた。

馬は渡り板を渡ることに躊躇したが300㎏の兵士に引かれると観念したらしく、おとなしく従った。

荷車も容易に筏船の中に収まった。

 7時になると先頭の筏船は竹竿で離岸され、10丁の艪で湖にこぎ出された。

屋形筏船の便所の外壁には世間にはまだ出回っていない丸い壁時計が掛けられ、短針は7を、長針は12を指していた。

壁時計とは別に、時計の下側には棒が突き出ている樽(たる)が置かれ、樽の下の栓からは1秒に1滴の水が布短冊を通して下の水槽に落ちていた。

1滴はおよそ0.05㎖、100秒100滴で5㎖になる。

1時間は3600秒だから180㎖、湖一周の11時間では1980㎖になる。

3リットルの樽があれば棒の長さから時間がわかることになる。

マリアは2つの時計を併設したのだった。

 筏が白波をたてて進み始めるとマリアは納戸から椅子を出し、腰掛けて乗客の紹介を始めた。

和服を着た娘達はマリアの後ろに整列していた。

「本日はマリア廻船の試乗会に参加いただきありがとうございます。私はマリシナ国のマリアと申します。マリシナ国の国主であり、マリシナ廻船の責任者です。現在、船列は時速12㎞で進んでおります。徒歩のおよそ3倍の速度です。次の薩埵の停泊地まではおよそ13㎞ですから1時間ちょっとかかります。時間を知るには後ろの壁時計をご覧ください。現時刻は7時10分で短針が7、長針が2の位置になっております。薩埵の停泊地では30分間停泊いたします。その後、白雲、大石、石倉、五月雨で30分間停泊し夕方6時に福竜に戻る予定です。途中の昼食休憩はありません。屋形筏船でお休み下さい。・・・それでは参加者の紹介を致します。進行方向に向かって前列左の御武家様は平手造酒様でその隣は大若松佐助親分のところの松野雷蔵様です。中列に一人でお座りの御武家様は福竜国親衛隊長の龍興興毅様で、後列の3人は申し訳ありませんがお名前は存じません。」

 龍興興毅が言った。

「拙者が紹介する。拙者の左後ろは部下の中沖泳之進で水練が得意だ。右後ろは部下の緒方健だ。腕が立つ。拙者の後ろは福竜国の若様で福竜月光様だ。異国を見たいと申されて参加なされた。・・・平手造酒殿は知っておる。先日の武芸大会に出られた虚無僧殿だな。」

「その節は偽名を使い申した。平手造酒が本名で城下の大若松佐助親分のところでゴロゴロしておる。」

平手造酒が言った。

 「龍興様、準決勝まで勝ち残った名無権兵衛様も偽名を使いましたがご存知でしたか。」

マリアが言った。

「名前からして偽名だと語っていた。」

「あの方は五月雨国の盗賊改方の谷川平蔵様です。本日寄港する五月雨国の渡し場の小道を巡回しておりました。海賊の襲撃を警戒されておるようです。今日は会えるかもしれませんね。」

「盗賊改だったか。どうりで腕が立つはずだ。」

 「ご紹介は終わりました。後は自由におくつろぎ下さい。何かありましたら娘達に声をかけてください。」

マリアはそう言って前の筏船に渡り、先頭の筏船に行き、再び屋形船を通って後ろの筏船に渡り、全体の状況を視察した。

 筏船の廻船船列は陸地が見える範囲で航行する。

若様は早速陸地側の舷側に移動し移り行く景色を眺め始めた。

舷側の舷箱に腰掛け、足を外に出したが、供の中沖泳之進に諌(いさ)められて舷箱の内側から外の景色を見るだけにした。

 平手造酒はさっそく釣り竿を持って最後尾の筏船に行き、小さな雨除け小屋の日陰に入って座り、釣り竿を伸ばした。

マリアは屋形船の納戸から座布団を持ち出して平手造酒のところに行って言った。

「平手先生、この座布団をどうぞ。」

「おっ、すまんな。マリアさん。今日はいい天気で良かったな。」

「そうですね。雨だったら少し惨めな試乗会になったと思います。」

 「それにしてもこの筏船は早いな。筏の後ろから水が盛り上がってくる。この前見た渡し船より格段に早いと思う。」

「はい。10丁の艪を力自慢の娘兵士が漕いでおりますから。・・・先生の調子はどうですか。」

「武芸大会が終わって少し暇を持て余しておる。」

 「そうですか。私達は野盗を15人殺して金と刀と短弓を奪って金儲けをいたしました。」

「相手は短弓か。どうやって戦ったんだ。」

「弓を射られる前に小石を投げて顔を割りました。」

「それも凄まじいな。普通、小石では顔は割れない。」

「私たちの石は弓矢の速度と同じです。」

「強ければ旅は楽しいのかもしれんな。」

 1時間後、船列は薩埵国の渡し場桟橋近くの岸に沿って接岸した。

渡し場にはサーヤと座頭市と三下長次と槍を持った20人の兵士の一隊が待っていた。

屋形筏船には渡り板が架けられ、護衛兵が乗った筏船と後ろの筏船にも渡り板が架けられ、20人の重武装の護衛兵士が上陸して周囲を警戒した。

20人の船頭兵士は筏船に留まった。

マリアと娘達、そして龍興興毅も平手造酒も上陸した。

 サーヤと座頭市と三下長次はマリアに近づき言った。

「いらっしゃい、マリア姉さん。素敵な屋形船ですね。」

「ふふっ、なかなかいい屋形船でしょ。福竜の殿様が造ってくれたの。市さんも長次さんもお元気そうね。」

「へい、久しぶりにマリアさんの声を聞きました。目には見えませんが強力そうな船団みたいですね。」

「長さが50mあって、1日で湖を一周するのよ。馬や荷車を載せて兵士40人が艪を漕ぐの。まあ強いわね。海賊が襲ってくるのを待ってるわ。・・・ちょっと話をしてくるわね。」

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