第23話
『というわけで、初見だから何か知識をくれ』
と、イコは頭上のスタークに念話で話しかけた。スタークは、何かあった時の為に常に念話を繋げたままにしている。起動時間に伴って、一定の魔素を消費し続けることになるが、天下のウィッチ様の魔素量なら、24時間起動していてもまだ他の魔導が使える。
『まず前提として、ダンジョンコアの起源は、私が生き抜いた時代よりも更に古い。創世記と呼ばれる時代の品物だと言われている』
『創世記…ねぇ。文明が繰り返した滅びと再生の起点だったな』
『つまり、最初の文明を作った者達の産物だな。それが人類だったのか、それとも別の知的生命体だったのか、吾輩の時代では議論になっていたのだ』
『俺らの時代でも、創世記の分野は未開の地だった。古すぎて否定と肯定の温床だ』
『誰も検証できぬからな。だがダンジョンに関しては、ある一説が最有力候補として俗世から学者にまで広まっていた』
『聞かせてくれ』
『ダンジョンコアは、古代文明が開発した魔素炉である』
イコは、ミームの目を誤魔化すために、常にダンジョンコアを撫で続けていた。調査のフリをしている訳だが、黄金色の球を不自然に撫で続けるイコを見るミームの目は、典型的な不審者を見る警察官に近いものだった。そんな背後からの視線に、イコは気付けずにいる。念話に夢中になればなるほど、ミームの中のイコの株が下がり続ける悪循環が発生していた。
『…実に面白い考察だな。迷宮に関しては、俺も以前に調べたことがあるが、そんな情報は現代に伝わってなかったぞ?大きな穴のある考察なんじゃないのか?』
『現代に伝わっていないのか?それなら吾輩の時代から、一度は文明が滅びている可能性があるな。吾輩が生涯を終えてから、ウィッチになるまでにある程度のタイムラグがあったはずだし、我が生まれ故郷も常に戦争をしていたから、あり得ぬ話ではないだろう』
『戦争により滅びた文明か。因みに、今の文明が誕生してから1021年経ってる』
『となれば、吾輩が生きたのは最低でも1000年以上前か』
音のない声は、積み重なった時を背負い、やや萎んでいた。
『まぁよい、話を戻そう。我が時代の通説が正しく、ダンジョンコアが魔素炉なのだとしたら、なぜ地下深くにあると思う?』
イコは、脳内にて古代の魔素炉だという説に根拠を肉付けしていく。すると、先ほどまで自分が疑っていたのが馬鹿らしくなるほどに、確信に近づくよう根拠が並び始めた。
『…化石燃料か?』
『その通りだ。火山の影響で、地上は油絵のように何度も土を塗り重ね、地層を作り上げている。古代の魔物が生きた大地も、今は地中奥深くに眠っておる。つまり、地底には多くの魔石が埋まっており、そこから魔素を吸い上げる機構がダンジョンコアとなるのだ』
『…仮にそうだとして、何故ここまで迷路のように複雑なんだ?ここがそんな重要な施設なら、もっと使いやすく作るだろ?』
『一理あるが、古代人とて完璧ではなかった、と吾輩の時代では考えられていた』
『つまり?』
『太古からダンジョンコアは魔物を生み出しており、それをダンジョン外へ逃がさぬ為に複雑な迷路に仕上げ…更には罠を作った』
『…まぁ、制作物に完璧なんてないわな』
『そう、どんなものにも得手不得手はある。ダンジョンコアは地底から魔素を吸出し続けるその性質から、過不足無く魔素を使用し続けなければ、吹き溜まりのように魔素を溜めこみ、魔物を生み出してしまうのだ』
『魔素の死海と同じ原理だな』
魔物は、大気中の1立方メートル当たりの魔素密度が一定の数値を越えた時、密集した魔素が凝固し、魔石を生成する過程で誕生する。一度でも魔物を生み出した土地は「魔素の死海」と呼ばれ、繰り返し魔物を生み出し続けることになる。大気中を漂う魔素は、風と共に誘導され、いずれ大気の流れが薄い地点に辿り着く。一例をあげるならば、両端を塞がれた谷底などは、魔素の死海となりやすい。同様に、地底奥深くに掘りぬかれた行き止まりのダンジョンなどは、大気の流れが薄くなり魔素が溜まりやすく、魔素の死海となりやすい性質がある。イコは、この優れた機構の不完全さに、迷宮が意図的に作られた施設であるという信憑性を感じ始めていた。
『ダンジョンなんて呼ばれるほど危険な場所になった理由は、古代文明が滅び、魔素炉の吸い出す魔素の使用者がいなくなったからか』
『そうなるな』
『…ちょっと待てよ。そうなると、バヘイラ迷宮寺院に魔物が少なかった理由は、誰かが生み出される魔素を使用し続けて、均衡を保っていたからなのか?』
『…そうなるな』
『現代人には迷宮が魔素炉だという発想はないし、普通に考えたら古代人が怪しいよな。例えば、ウィッチに転生して、半永久的に研究してた馬鹿とか』
『吾輩のことじゃないよな?馬鹿ではないものな?物知りだものな?』
『だが待てよ、どうして現代人にはダンジョンコアの魔素が扱えないんだ?』
『ふむ、吾輩の時代でも、魔素炉の魔素を扱えなかったものだ』
イコは、頭上のスタークを鷲掴みにすると、全力で握りながら睨みつけた。程よい弾力とイコの込める力のせいで、スタークはひょうたんのような形になってしまっていた。これほど原型から離れても痛みはないのか、彼は至極冷静にイコを見返している。
「ひッ、ひぃッ!?ス、スタークちゃんが変態に弄ばれてる!?」
背後から叫ぶミームの声は、念話に夢中になっているイコには届かなかった。黄金の球を撫で回した後に、柔らかいものを揉みしだくイコは、彼女の中で犯罪者と同等の立ち位置にまで降格されていた。もはや趣味を共有するどころではない。
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