BAR TH DAY

神傘 ツバメ

BAR TH DAY

        



「お客さん、ここファミレスじゃないんだけど」

「ああ、すいません。つい……」

 あたしの言葉に、慌てて頭を下げる彼。

 いつも早い時間に来て、いつも同じカクテルを一杯だけ頼む男性。


 彼は何故か、小さなパソコンのような機械を出し、時々天井を見上げたり、顎に手を当てて思案した後、少し微笑んでその機械に、何かを打ち込む。

 ひとしきり、それを繰り返した後、彼は満足そうに残ったカクテルを飲み干して帰って行く——

 

「ごちそうさまでした。あの……」

「どうしました?」

「次からは気を付けます」

 そう言って、申し訳なさそうにその日は帰って行った。



 数日後——

 彼はフラッと現れ、いつもの席に着き、

「先日はすいませんでした」

「ああ、別に良いのに。 お客さん、気にするタイプなんだね」

 先日のことを、改めて申し訳なさそうに謝る彼。

 悪い人じゃないんだな—— そう思った。


「所でお客さん、この前持ってた小っこいので、何書いているの?」

「ああ、思いついたことを、何となく」

 恥ずかしそうに答える彼。

「ポメラって言うんですよ」

「ポメラ?」 

 首を傾げるあたしに、彼が懐から取り出したそれは、小型のゲーム機に似た物。

「字を書くためだけの物なんですけどね」

「へぇ、初めて見た」

「少し、触ってみますか?」 

「触っても良いの?」

「どうぞ」

 彼が画面を開いて、あたしの方に向け、

「基本はパソコンと一緒です。 小説家の人とか、個人でブログや歌を書く人なんかも、結構持っているみたいですよ」

「そうなんだ」

 あたしは恐る恐る、小さなキーボードに指を押し込んだ。


 『 あ 』


 無機質な画面に、文字が現れ——

「うわぁ、面白い!」

 続けて他の字も打ってみる。


 『 い 』


 感動していると、

「何か文章を打つと、もっと面白いですよ」

「え……でも」

 これでも一応、仕事中の身。 いけないとばかりに辺りを見渡すと、お客さんは彼しかない。

 それを見越して、あたしに話し掛けてきたことが、今ようやく分かった。

「お客さん、ズルいね」

「はは、バレちゃいましたか。 ちゃんと謝りたくて。 あの時はお客さん、結構いたんで」

「そんな、気にしてないよ。 あの時は他のお客さんがチラチラ見てたから、一応、ポーズで声掛けただけ」

「そうでしたか。 書いてるとつい、時間を忘れちゃって」

 面目ないとばかりに、苦笑いの彼。

「ちょっとだけ打っても良い?」

「はい、もちろん!」 

 あたしはつらつらと、指の動きに任せ、文章と言うよりは、言葉にならない文字を打ち続けた。

「なにこれ? 楽しい!」

 さほど大きくなく、余計な物がない画面に、あたしの心の内が表れていく。

 何でも出来るパソコンやスマートフォンと違い、ただ文字を打つだけの機械。

 一見、不自由とも言える、たった一つの機能が、何よりも自分の心を代弁しているように感じ——

「凄いね、これ。こんな簡単なのに」

「面白いですよね。 たった一つのことしか出来ないのに、それが色んな可能性を広げていくって言うのが」

「本当だね」

「人間も、こうだと良いんですけどね」

「はは、何言ってんの」

 そう言って、あたしたちは笑い合った。


 

 それからは、とりとめのない会話がお互いの間を行きかい、少しづつ……少しづつ店内が賑やかさを増していき——

「じゃぁ、今日はこれで」

 終電が無くなる頃、彼が席を立った。

「ありがと。 誕生日に面白いもの見れたよ」

「えっ? 今日、誕生日なんですか?」

「そう。 だからありがと。 良い誕生日プレゼント貰ったよ」

「いや、僕は何も……そうだ」

 言い掛けた彼は、何かを思い出したように、もう一度ポメラと言う機械を取り出し、

「これ——」

「QRコード?」

「昔、書いてたやつです。 こんなことも出来るんだって、ちょっと読んでみてほしくて」

「読むって……良いの?」

「ああ、全然! さっき、すごい良い顔で感動してたから」

「あれはたまたま……」

 見られてたんだ、なんかちょっと恥ずかしい——

「でも楽しそうだったから。 新しい物に触れると、少しだけ世界が広がりますもんね」

「そうだね。 じゃぁ、あとで読ませてもらうね」

「良かった、誕生日おめでとうございます。 それと……ありがとうございました」 

「ああ、こっちも楽しかったから。ありがとう」

「いえ。 じゃぁ」

 あたしの言葉を嬉しそうに噛みしめ、彼は帰って行った。


 その後、あたしは何故か少しでも早く、彼が『読んでほしい』と言っていたものを、読まなければいけないと言う衝動に駆られ、休憩時間に入ると、すぐに読み取ったQRコードを開いた。

 そこには——



 『 先日は、本当にすいませんでした。

 お店にお邪魔する度に、一杯しか頼まずに長居をしているのを、ずっと許し続けてくれて、本当に嬉しかったです。

 初めてお店に行った時、本当は人生の最後の一杯と思い、あのカクテルを頼みました。


 偶然でした。 

 お店に入ったのも、あなたにカクテルを頼んだのも。 

 それでも……それでもあなたが、『どうぞ』と笑顔でカクテルを出してくれ、

 それを一口、飲んだ瞬間—— 僕は何故か、


 『 生きてて良かった 』


 そう思いました。

 あの時、最後の一杯を飲んで、命を絶とうとした僕が、

 『生きてて良かった』

 『まだ生きていれば、良いことがあるのかも知れない』

 そう思わずにはいられないほど、あなたの作ってくれたカクテルはとても……とても美味しく、幸せを感じさせてくれました。

 早い時間に行けば必ず、あなたがいて、あのカクテルを作ってくれる。

 

 それが、何よりの楽しみでした。


 それからは、少しでも、あの時の幸せな感覚を覚えていたくて、時間のある時に足を運ぶようになり、言葉に出来ない気持ちや生きづらさを感じる感覚を、何とか形にしたくて、あの機械を購入して、想いを書いて過ごしていました。

 一人で来て、一杯しか頼まずに長居をする僕は、随分、迷惑を掛けていたと思います。

 本当にすいませんでした。

でも、あなたに会ってから、あなたの作ってくれたカクテルを飲んでからは、そこに『 幸せ 』と言う感情を付け足すことが出来るようになって、生きるのが少し楽になりました。


 本当にありがとうございました。

 これからも、誰かを幸せにするカクテル、創ってあげて下さい。

またいつか、必ず飲みに行きますので。

 

 それまで、どうかお元気で 』



「そんな……」

 それは、感謝の手紙……のようなものだった。

 ずっと一杯のカクテルで長居をするだけの、不思議なお客さん。

そう思っていた。


 でも彼には彼なりの、理由があり、想いがあった。

 いつも早い時間に来たのは、

 同じカクテルばかり頼んでいたのには、


 ちゃんと訳があったのに——

 

 あまりにも赤裸々に感謝を綴った、消えてしまいそうだった自分に宛てた、応援のような文面。

 彼はきっと、書きながら自分に沁み込ませていたんだろう。

 それこそ、あたしのように何度も読み返しながら——


「そう言えば……」

 彼は帰る時、確かに言った。

 『ありがとうございました』って。


 『——ました』 


「まさか……」

 一抹の不安に駆られたあたしは、その文面を何度も何度も読み返し、

 何度も何度も、心を締め付けられた——




 —— 一年後、

 あれから、何日経とうと、何ヶ月経とうと、彼は一向に来なかった。

 いつからか、彼はもうきっと店には来ないだろう。

 そう思うようになった。 それでも——


 『生きていれば、きっと良いことがある』


 だからあたしも信じよう。

 彼がいつかまた、お店に来てくれることを。

 そして、彼を含めた誰かがまた、『生きていて良かった』、そう思ってくれるカクテルが、創り続けられることを。


 そんな風に思っていると、また店のドアが開き、

「いらっしゃい」

「……すいません。 そこ、空いてますか?」

 希望の席に視線を移すお客さん。

 その姿にあたしは——


「ずっと……空けといたよ」


 ———そう答えていた。



                               【 了 】

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BAR TH DAY 神傘 ツバメ @tubame-kamikasa

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