再会したもう一人の幼馴染は、騎士団の最強総隊長(1)

 総団長の執務室の扉――実際その扉の前に立つと、王宮に降り立った当初の憂鬱が蘇った。約四年振りに、これまで手紙でしかやりとりする事が出来なかった幼馴染の一人に会えるのは嬉しいが、時と場合のせいで複雑な心境である。


 セドリックがノックをすると、すぐ内側から「入れ」と、昔よりも更に深く落ち着いた美声が返ってきた。


 扉が開かれると、そこは絨毯の敷かれた広い部屋で、見栄えある応接席や調度品が置かれていた。執務机の長椅子に一人の青年が腰かけており、こちらと目が合うと、綺麗という表現が相応しい柔らかな微笑を深めた。


 どこか隙のない男性然とした端正な顔。蒼灰色の癖のない髪はやや長く、それでいて清潔感を損なわない程度に整えられている。弟よりも薄い色合いの藍色の瞳は、美しい造形を映えさせるような切れ長で、にっこり笑むとセドリックに少し似ていた。


 現在二十四歳である彼は、十八歳という若さで王宮騎士団総団長に就任した、ルーファス・ヒューガノーズだ。少年時代から大人びていて、家族想いで勉強家、ラビが知る限り苦手な事も不得意な事もなかった生粋の天才でもある。


 四年振りに見る幼馴染は、二十歳の頃に比べると、すっかり大人の容姿になっていた。こうして改めてその姿を目に留めてみると、穏やかで明るい気性をした彼の父親、ヒューガノーズ伯爵が時折り見せる落ち着いた雰囲気に近いものを感じる。


 目元は母親似かと思ってたけど、ルーファスは父親似だったんだなぁ。


 ラビは、そんな場違いな感想を抱いた。すぐ顔に出る彼女の表情にそれを見て取ったルーファスが、弟へ視線も向けないまま、愛想良くにっこりと笑いかける。


「ラビ、こうして顔を会わせるのは久しぶりだね。元気にしていたかい?」

「うん、オレは元気だけど……――久しぶり、ルーファス」


 お前のせいで王宮に来る事になっちゃったんだけど。


 あまりにもいつも通りに挨拶をされ、ラビはそう口に出すタイミングを逃した。呆気に取られて、隣のセドリックへ目配せする考えも浮かばない。


 ユリシスが補佐官らしく扉の方で控える中、ルーファスが「その服もとても似合ってるよ」と妹か弟を見るように目を細めた。


「室内なのだから、帽子は取っていいんだよ、ラビ?」

「え。あ、うん」

「今も髪は、自分で切っているのかな?」

「まぁね。前の手紙にも書いたけど、オレの方は特に変わりないよ」


 金髪に触れようとする人間は滅多にいない。幼い頃、長かった髪は剣でバッサリ切り落とした。それを見た伯爵夫人がショックを受けて、悲しそうな顔で髪を整えてくれた一件があってからは、ラビは見栄えが悪くならないよう意識して自分で散髪していた。


 思わず自身の前髪をつまむラビを見て、ルーファスが微笑ましそうに表情を和らげた。笑顔のまま、組んだ手の上に口許をあてて、こう小さく呟いた。


「――……ま、変わりがないのは知っているけどね。悪いようにする輩がいたら、定期的に様子を見に行かせている部下がなんと言おうと、俺が直々に行ってその相手を殺してる」


 ラビは、何事か聞こえたような気がして顔を上げた。パチリと目が合ったルーファスが、にっこりと笑いかけてきて首を傾けたので、つられて首をコテリと傾げる。


「ルーファス、今なにか言った?」

「いや? 私は何も口にしていないよ」


 ルーファスは一人称を戻し、にこやかに答えた。


 室内に入ってから、妙な緊張感を覚えて静かにしていたノエルが、ラビの隣に腰を降ろした状態で『相変わらずおっかねぇな……つか、道理で四年間大人しくしていると思ったら、変装させた部下を定期的に送りこんでたのかよ』と、苦々しく口の中に本音をこぼした。


 兄の呟きをバッチリ拾っていたセドリックも、「兄さん相変わらずだなぁ」と呟いた。しかし、そこは昔から有り難くもあるので何も意見出来ない、という顔で押し黙る。


 ユリシスは、その短いやりとりや様子から関係図を半ば把握し、「なるほど」と口にしたところで動き出した。


 帽子を片手に抱えていたラビは、何も言わずやってたユリシスに帽子をひょいと取り上げられて、一体何だろうかと彼を見上げた。気遣いが気持ち悪いな、と思わず見つめ返すと、視線が合った瞬間に彼が秀麗な眉を顰めた。


「露骨に『気持ち悪い』『気味が悪い』という顔をしないで頂けますか?」

「!? お前、なんでオレの言いたい事が分か――」

「残念ながら全部顔に出ています。これは個人的な気遣いではなく、私は自分の立場と役割に沿って行った事です」


 ユリシスは眼鏡を指で押し上げ、普段より棘のない事務的な声でそう口にした。


「客人が部屋を訪れたら、コートを預かる人がいるでしょう。まさにあれです」

「そうなのか? オレ、よく分からないんだけど、言ってくれれば自分でどっかに置いたのに」


 すると、ユリシスがいつものように眉間に皺を寄せた。まるで、それだと私が付いてきた意味がなくなるでしょう、君は馬鹿なのですか、と言いたげな気配を感じて、ラビもむっとして睨み返した。


 二人の険悪な雰囲気に気付いたセドリックは、出会った時から喧嘩が絶えない部下と幼馴染を思いながら「落ち着いて下さい」と仲裁に入った。


「ラビ、ユリシスは自分の仕事をしているだけですから、ね?」

「あ。引っかけられそうな場所発見。なんだ、入口の方にあったのか」

「お願いですから、ラビ、前を向いて下さい……」


 その時、ルーファスの品のある笑い声が室内に上がった。


「このやりとりも久々に見たな、ラビがいつも通り元気そうで何よりだ。それから、ユリシスとも仲が良くなったようで安心したよ。――ユリシス、私は四人で話すつもりで呼んだ、扉ではなくお前も引き続きそこにいてくれて構わない」

「はっ。仰せのままに」


 ユリシスが淡々と答え、上司であるセドリックの横に付いたところで、ルーファスが「さて」と組んだ手を解いて、長椅子の背にもたれた。


「ラビ、氷狼では素晴らしい働きをしたと報告を受けたよ。あれだけの害獣の襲撃を受けながら、一般人に怪我人がなかったのは奇跡だ。町の商人から、あっという間に解決したという証言もあった」


 そこで君も知っての通り今回の事だけれど、と彼は話しを続けながら、リラックスするように長い足を組みかえた。

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