王宮に到着したラビ達(3)

「そこにノエルがいるんですか?」

「うん、オレの隣にいるよ」


 ラビは肩越しに振り返り、親友がいる場所を指差した。ついでに、その大きな頭をぐしゃぐしゃと撫でると、ノエルがまんざらでもなさそうに『ふふん』っと胸を張った。


 まるで何かを撫でるようなラビの指先へ、セドリックは目を向けた。彼の隣にいたユリシスも、そこに何かがいるのかじっくり探すように目を留めたが、少しもしないうちに美麗な顔を顰めた。


「あれだけ食べる大型獣だというのに、影一つないとは不思議なものです。足跡も残らないですし」

『足跡は残さないようにしてんだよ』


 大食らいという自覚があるノエルが、相手が見えないと知りつつも舌打ちして言い返した。それを見たラビは、通訳してやろうと思って、ユリシスへ視線を移した。


「ノエルが、足跡は残さないようにしてるんだって言ってる」


 伝えるだけなので、ラビは意識もせずそう言った。


 警戒心も敵対心もなく、素の表情でコテリと首を傾けるのを、ユリシスがどこか珍しそうに眺める。普段から彼女の素直さを見ているセドリックは、小さく苦笑し、困ったように微笑んだ。


「ラビ、ノエルは本当に不思議な存在ですね」

「うーん、……ノエルは普通に物にも触れるから、オレには、みんなが見えてない方が不思議でもあるというか」


 彼の尻尾が踏まれそうになると、いつもハラハラする。


 思い返す表情でそう小さく呟いたラビを見て、セドリックとユリシスは、今更気付いたといわんばかりに顔を見合わせた。


「……そういえば、幽霊のようであったらラビは触れないな……?」

「……実在しているのに、姿だけが見えないというのも、やはり奇妙な話ですね」

『俺は霊体じゃねぇよ。何度も言ってるが、お前らが見えてないだけだってのッ』


 すかさずノエルが突っ込み、踵を返して長い尻尾を振った。それで腰を打たれたユリシスが、咄嗟にバランスを取って転倒を免れてすぐに「獣的な尾を感じましたが!?」と自分の周りに目を走らせる。何物かが動くような風を感じたセドリックも、足を止めて彼の周りを見てしまう。


 ラビはそんな彼らを振り返り、阿呆なんじゃなかろうか、という顔をして眉を寄せた。


「そりゃ、ノエルが尻尾で打ったんだから、当然だろ?」

「露骨に阿呆を見る目を寄越すのはおよしなさい。飼い主としては先に謝るか、犬を嗜めるのが先でしょうに」

『ペットじゃねぇよ。真っ先にご自慢の顔面から噛み殺すぞ、眼鏡野郎』

「つまり僕らも、今の状態でも触れるという事ですよね?」

『おいコラ、真顔で何言ってんだ伯爵家の次男坊。触らせねぇからなッ』


 辺りを探す素振りを見せたセドリックを前に、ノエルが顔を引き攣らせて飛び退いた。勢いよく動いたため、それは窓も閉め切られた廊下に突風のような強い風を起こし、三人の髪と服をはためかせた。


 思わず身動きが取れなくなった男達の向かいで、ラビがきょとんとした様子で、自分の背中に回ったノエルを見つめた。



「…………」



 しばし、それぞれの無言状態が続いた。


 姿が見えないだけで、実体としてそこにいるモノではあるらしい。そう今更のように半ば理解し、セドリックとユリシスは言葉なく目配せした。つまりやろうと思えば、歩く土の上に足跡を残す事だって当然のように出来るのだろう。原理は不明である。まるで魔法のようだ。


 ノエルが空を飛べる事を知ったというのに、その点に関して深く考えようとしていないばかりか、全く疑問にも覚えていないラビは、固まってしまった男達に「それよりも」と告げて話を戻した。


「目的地の執務室って、どこなの?」


 彼女は長い廊下に並ぶ複数の立派な扉へ指を向けて、そう尋ねた。

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