第5話 命名
「どの道、此奴は我が足で押さえつけずとも、この敷地から出る事は叶わぬ。存分に、そなたの手伝いをさせて構わぬぞ」
「本当ですかっ?!毘沙門天様、ありがとうございますっ!」
嬉しそうに笑うクミと、優し気な笑顔をクミへと向ける毘沙門天に、天邪鬼は口を尖らせてプイッと顔を背ける。
「なんだ邪鬼、嫉妬か?」
「なっ?!なんでオイラがヤキモチなんかっ?!」
「我も忙しい身なのでな。お前を押さえつけている限り、我もそこから動くことはできぬ。お前も随分と改心したようだし、我がいない時には存分にクミを手伝うが良い」
「ふんっ。別にオイラ、アンタがいなくたって寂しくなんかねぇしっ。クミの手伝いなんて、あんな面倒なもん絶対しねぇしっ!」
「さぁ、そろそろ戻るぞ」
「えぇっ?!いやだ~!戻りたくない~っ!助けて~!もう悪いことはしないから~!絶対に、しないから~!だからもう、オイラを踏んづけたりしないで~!オイラを自由にして~!」
襟首を掴まれてひょいっと毘沙門天に持ち上げられ、天邪鬼は手足をバタつかせて暴れる。
だがその顔はどこか嬉しそうに、クミには見えた。
「ではな、クミ」
「はい、毘沙門天さん。天邪鬼さん、またね!また、一緒におみくじのお仕事、しようね!」
「バカ言うなっ!誰がするかっ!」
怒鳴り散らしながらも、天邪鬼はうっすらを顔を赤くしてクミを見ると、毘沙門天からは見えないように小さく手を振った。
気づいたクミも。
嬉しそうに笑い、小さく手を振り返した。
≪こっちの列のおみくじは、辛口だけど元気になれる言葉が書いてあるんだって!≫
いつからか、そんな評判が立つようになったのは、天邪鬼が提供しているおみくじの列。
相変わらず、『大大凶』や『凶』が圧倒的に多い中で、ごくごく稀に『大大吉』なるおみくじも出る場合があると言う。
いつでも開いている訳ではなく、いつ開くか分からない不定期さも後押ししてか、お正月以外でも開けば連日長蛇の列ができあがる。
「天邪鬼さんっ?!だから、うちのおみくじには『大大凶』とか『大大吉』なんて、無いんですってばっ!」
「ふんっ。ちょっとしたサービスだ」
「もうっ・・・・」
毘沙門天が寺を留守にした時にだけ開くという事を知っている者は、クミと天邪鬼以外には誰もいない。
そして。
嬉々としておみくじを提供している天邪鬼が、時折どこか寂しそうな顔を見せると言う事も。
知っているのはおそらく、クミだけだろう。
「早く帰ってくるといいね、毘沙門天様」
「なに言ってんだっ?!あんな奴、ずっと帰って来なくて」
「またせたな、邪鬼」
「ぎゃっ!」
音もなく背後に立っていた毘沙門天の声に、天邪鬼は飛び上がった。
そして。
「助けて~!もう悪いことはしないから~!絶対に、しないから~!だからもう、オイラを踏んづけたりしないで~!オイラを自由にして~!」
といつものお決まりの言葉を口にする。
「無駄口を叩いている暇があるのか?並んでいる人間を全て捌くまで、気を抜くな」
「ふんっ。もとから気なんて入れてねぇしっ」
「ならばよい」
「はぁっ?!」
「邪鬼よ。お前の言葉は全て、本心とは逆のものであろう?」
穏やかな笑みを浮かべる毘沙門天に、天邪鬼は顔を赤くしてプイッと横を向く。
「盛況なようだな」
「はいっ!天邪鬼さんのおみくじは、悔しいですけど、私のくじよりも人気なんです」
「そうか。ならば、我が名前をつけてやろう」
そう言うと、毘沙門天はポンっと天邪鬼の頭に手を乗せ、撫でながら言った。
「天邪鬼のみくじ、【アマノジャクジ】だ」
「・・・・オヤジギャグかよ・・・・」
頭に載せられた手を煩そうに振り払いながら。
天邪鬼は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「良かったね、天邪鬼さん」
「良かねぇよっ!ダサッ、ダサ過ぎだっ!」
クミの言葉に。
天邪鬼は顔を赤くして、『ダサッ、アマノジャクジ、ダサッ!』を繰り返していた。
【終】
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