こんなおみくじ、いかがです?

平 遊

第1話 おみくじの精クミと天邪鬼

『助けて~!もう悪いことはしないから~!絶対に、しないから~!だからもう、オイラを踏んづけたりしないで~!オイラを自由にして~!』


 毎日のように聞こえてくる声が、今日も聞こえてくる。

 その方向に顔を向けると、そこにあるのは毘沙門天と、毘沙門天の足に踏みつけられている天邪鬼の像。

 声の主は、天邪鬼。


『黙れ邪鬼。お前が何と言おうと、我はお前を自由にする気は無い』


 これまた毎日のように聞こえてくるのは、毘沙門天の声。

 低く響きわたる声が、厳しくも素敵だと、クミは密かに毘沙門天に憧れを抱いている。

 けれども。

 ごく稀に。

 毘沙門天はこの地を離れることがある。

 なんせ、毘沙門天はとても忙しいのだ。

 仏法を護る四天王の1人にして、戦の神でもあり、七福神の1人でもある彼は、様々なイベントに呼ばれ、各地を飛び回っている。

 ※本来、神様は「1柱」、仏様は「1尊」と数えるようですが、このお話の中では「1人」と記載しています。

 そんな時。

 天邪鬼が決まってやってくるのは、同じ敷地内にいるクミの所。

 クミは、このお寺のおみくじの精。

 大きな希望や切なる願いを胸におみくじを求めてやってきた人間に、ふさわしいおみくじを与える事が、クミの仕事だ。



『助けて~!もう悪いことはしないから~!絶対に、しないから~!だからもう、オイラを踏んづけたりしないで~!オイラを自由にして~!』

『少し留守にする。よいか。大人しくしているのだぞ』

『大人しくしてるよ~!ここにじっとしているよ~!約束するよ~!だから、オイラのことなんて構わずごゆっくり〜!』


 それは、年が明けて間もない1月4日のこと。

 お正月の三が日はさすがに寺を離れることはできないと留まっていた毘沙門天も、七福神の会合の呼び出しを受けて慌てた様子で寺を離れた。

 そして、それからいくらも経たないうちに。

 天邪鬼がクミの元へとやって来た。

『ここにじっとしている』と言った、その舌の根も乾かぬ内に。


「よぅ、から元気かっ!とっととくたばれ」


 天邪鬼はクミの顔を見れば、決まってこんな事を言う。

 会ったばかりの頃は驚いていたクミも、今では天邪鬼の事はすっかり理解していた。

 これは、天邪鬼なりの優しい気遣い。

 彼の心はいつでも、その言葉の裏側にある。


「うん、お正月はさすがに人間がたくさん来てくれるから、ちょっと疲れちゃったみたい。でも、大丈夫。心配してくれてありがとう!」

「べっ、別に心配なんかしてねぇしっ!全然っ!」

「うん、分かってるから」


 ニコッと笑うクミに、天邪鬼はプイッと顔を背ける。

 そして、顔を背けたまま、スススとクミに近づくと、すぐ隣に座った。


「あ~今日も暇そうだな。オイラ、お前の手伝いする気なんて、サラサラ無ぇからなっ!」

「ありがと」

「あぁっ?!礼なんて言われても嬉しかねぇしっ!」


 三が日が明けても、寺を参拝する人間達の数は数えきれない程。

 おみくじを求めてやってくる人間の数も、また然り。

 クミは精神を集中し、おみくじを求めてやってきた最初の人間の心の中にある願いに耳を傾けた。

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