5章 ラビィと妖獣と氷狼(9)
『――ああ、そうだな。お前のいるところが、俺の帰る場所だ』
ノエルは自分に言い聞かせるように呟くと、ラビの肩に顔をすり寄せ、尻尾で彼女の背を抱いた。
セドリック達が周りに集まっても、ラビは泣き止まなかった。普段なら人目がある場所では気丈に振舞って泣き止んでくれるはずの彼女は、ノエルを抱きしめたまま、大きな瞳からぼろぼろと涙をこぼし続けていた。
ノエルが溜息混じりに、『まいったな』と顔を歪めた。
『おいおい、これぐらいの怪我で死にはしないから安心しろ。だからほら、泣きやめって』
「う~……」
ラビはノエルの胸元に顔を埋めると、泣き声を堪えて呻いた。
『――そういうとこ、ガキの頃から全然成長しねぇなぁ』
ノエルは、苦笑しつつ顔を上げた。そこまで近づいてきた騎士団の男達が、自分を恐る恐る眺めている事に気付いて、怪訝な表情を浮かべる。
『別に取って食うつもりはねぇぞ。俺は美食家なんだよ』
そう言葉を発した時、代表者としてノエルに歩み寄ろうとしていたグリセンが、安堵と緊張とストレスによる胃痛で、とうとう意識を手放した。
3
騒動が鎮静化を迎えてすぐ、騎士団により町の住民たちに、縄張り意識の強い氷狼の巣を荒らした人間がおり、逆鱗に触れた事が今回の騒動の原因だったと伝えられた。
凶暴化した害獣を、騎士団と獣師、獣師が従える獣が協力して抑え込んだ事が知らされ、一人の死亡者も出さなかった奇跡的な働き振りを、町の住人たちは褒め称えた。
警備棟の屋上と一階の損傷は大きかったが、奇跡的に全員が軽傷を負った程度で済んでいた。敷地内が荒れてしまった状況については、手を叩いて喜べないものがあったが、全員が包帯等を巻いた状態で、各自仕事を分担して処理作業にあたった。
大量に【月の石】を使用した副作用で、ノエルの姿は実体化が続いていた。騎士団は、喋る黒大狼は害がないと正しく認識し、その存在感に早々に慣れ始めると、物珍しそうに見たり話しかけたりした。
怪我をした氷狼達については、ラビが傷の手当てを行い、傷の浅い騎士達が荷馬車を出して氷山まで急ぎ送り届けた。ノエルは包帯を嫌がり、――締めつけられる感じが駄目らしい――結局は、氷狼と同じように傷薬だけを塗る事となった。
全員軽傷ではあったものの、最後にラビを止めようとした際に受けた傷の方が目立つ者が多かった。
セドリックとヴァンは腹に青痣ができ、ジンは、後頭部に大きな瘤が出来て包帯で巻かれた。今後はラビを怒らせない方向でやろう、と全員一致で話がまとまっていた。
「あいつ、とんでもねぇじゃじゃ馬だよな」
「あの状況でよく動けたよな。いちおう負傷直後じゃなかったっけ?」
「俺、また足蹴にされた……」
「俺なんて横っ面を一蹴りだよ。走りながらとか、マジで器用過ぎるだろ」
「木材とか容赦ねぇよな……」
その日は、全員の働きと無事の乾杯もあって、早めに夕食の席につく事になった。
よく食べてよく喋る中、ラビとノエルはその場を使って、改めて事件の全容を大まかに説明した。採掘された物の中に混じっていた特別な石が、氷狼を凶暴化させていた事、そこには妖獣が絡んでいた事が簡潔に伝えられた。
ラビとノエルは、【月の石】や、明確な詳細については語らなかった。騎士団を代表して、グリセンとセドリックが報告会の進行役を務めたが、追及するような質問はせず、ユリシスを含む他の男達も、何でもないような顔で聞き手に回っていた。
疲労もたまっていたので、その夜は早めの消灯となった。
先に寝室に戻ったラビとノエルは、難しい事を考えないまま、狭いベッドで一緒に就寝し、話しもそこそこに深い眠りに落ちていった。
しかし、ラビとノエルが早々に寝付いた事が確認された後、騎士団の男達は足音を忍ばせ、再び広間に集まっていた。
ラビとノエルを除いて行われた集まりの中、特別な石の存在や、ノエルのような見えない妖獣については、上にも報告しない事が話し合われた。
「言わねぇ方がいい。妖獣なんて未知の話だし、あいつが余計な事に巻き込まれるかもしれねぇだろ」
年長組のヴァンが、最後にそう締めくくった。ラビはあの時、黒大狼を大事な友達だと言い、庇い、泣いていた。ノエルという友達が、ただ普通の人間の目に見えないだけだと、ラビを見て誰もがそう気付いて実感させられていたのだ。
全員の意思で、自分達だけの秘密に留め置く事を決めて、彼らは解散した。
※※※
朝一番、お互い目を覚ましたところで、ラビとノエルは悶絶した。
一人と一匹は、騒動で受けた傷の痛みと、ひどい筋肉痛でしばらくベッドから降りられなかった。昨日までは何ともなかった身体が、一晩経って落ち着いた事で、急に痛み始めた事に文句を言い合った。
「なにこれ、全身ぎしぎしなんだけど……ッ」
『くそッ、無理やり中途半端に解放しちまったから……身体が痛ぇ』
軋む身体で部屋を出て、どうにか一階の食堂に向かったラビは、この苦痛が自分達だけではないと知った。他の男達も同じく悩まされているようで、ぎこちない動きで、食事も比較的ゆっくりと食べ進められていた。
ラビが入口近くの席に座ると、左隣にグリセンとユリシス、右隣にセドリック、向かい側にテトとヴァンとサーバルが、自分達の皿を持って来て当然のように腰かけた。
ノエルは【月の石】の効果が続いており、まだ誰の目にも映る状態だった。彼がラビの後ろにある通路の一部を陣取るように居座ると、待ってましたと言わんばかりに、一人の若い騎士が、ノエルの前に大量の焼き肉炒めが乗せられた皿を置いた。
物珍しげな視線を集める中、ノエルが伏せて座ったまま、野菜一つ残さずペロリと平らげた。
『肉が足りねぇ。ウインナーの匂いがするが、俺にもくれよ』
「お前、ウインナー食べるのか?」
ラビが反応するよりも早く、隣のテーブルで聞いていたジンが、自分のウインナーをノエルの皿に取り分けた。他の男達も後に続き、面白がって「俺のもやるよ」と食べ物を与え始めた。
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