4章 獣師な彼女と、親友(4)

「普通の女性が、髪も短くして木刀を振り回し、色気もないうえに男の恰好を好んですると誰が思いますか! そういう事は始めにおっしゃって頂かないと困りますッ」


 ユリシスは肩で息をしながら、セドリックの困ったような顔を見つめていた。長い間黙りこんだ末、深い溜息をこぼして「分かりました」と諦めたように言った。


「……確かに、男性だけの騎士団に、女性獣師が混ざる事で風紀も乱れる恐れがありますし、彼らが十代の女性に、木刀戦で負けたとあっては言い訳もできません。幸い彼女は少年にしか見えませんし、公言したら、今度こそ団長の胃に穴が空いてしまう可能性もあります」


 自分にも言い聞かせるように呟いて、ユリシスは、四人の部下を振り返った。


 ユリシスに鋭い眼差しで同意を求められ、彼らは途端に困惑した様子でたじろいだ。ユリシスは構わず、普段の無表情で部下達にこう宣言した。


「という訳ですので、今の副団長の発言を忘れて頂くか、女性だと意識せず、これまで通り『ラビ』として接して下さい。副団長と私が許可しない限り、口外しないように」

「意識せずって、難しいっすよ」


 テトはうろたえたが、ヴァンが「そうでもないんじゃね?」と考えるように言った。


「思い返してみたが、やっぱり男にしか見えねぇし、問題ないだろ。そうだろ、ジン? お前は女に負けるほど弱い男じゃねぇもんな?」

「とッ、当然だ! 俺は強過ぎる性悪少年に、偶然負かされたにすぎない!」

「……確かに昨日の屋上の件を考えると、あんな行動に出る女の子もいないよなぁ、とも思います」


 サーバルも、考え過ぎだったか、という表情を浮かべた。


 朝食の時間もあるので、四人の部下達は、上司に怒られる前にと、そそくさと部屋を出た。セドリックはそれを見届けると、心労絶えずといった様子で大きく肩を落とした。


 ベッドの脇に膝をつくと、セドリックは、少し苛立ったようにラビを揺すった。


「ラビ、起きて下さい。あなたには説教してやりたい事がたくさんあります」

「……う、あと五分……つか、え、説教?」


 二度目の覚醒で、ラビの脳はようやく動き始めた。彼女は眠気眼をこすりながら、ここが警備棟の一室である事を思い出す前に、無意識に横に手をやり、いつもならベッドにいるはずのノエルの温もりを探した。


 ラビは続いて背後も探ったのだが、温もりがない事に怪訝な顔をし、正面から覗きこむセドリックの頭に手を置いた。二、三回軽く叩いて感触を確かめてみるが、ノエルとはほど遠い触り心地に眉を顰める。


 まだ半ば寝惚けたラビが、現在の状況を把握するまでには、それから数十秒の時間を要した。


 ラビは首を持ち上げてようやく、ここが自分の家ではない事を思い出した。左右を探し、ベッドに自分一人である事に改めて気付くと「ん?」と疑問の声をもらす。


 上半身を起こしてベッドの上と下も探したが、見知った黒い身体は見付からなかった。深夜に一回目を覚ました時は、狭いベッドにノエルが潜り込んでいたはずだが、恐らく、ラビが起きないと知って散歩に行ったのかもしれない。


 勝手にいなくなられるのも面白くなくて、ラビはむっつりと黙りこんだ。


「……ラビ。まさかとは思いますが、誰かを探しているんですか」


 セドリックは、次こそ言葉を失いそうになった。ラビは九歳の頃から一人暮らしのはずであり、ペットも飼っていない事は知っていた。彼女の行動は、まるで普段から誰かと寝ているようだと、ユリシスでさえ気付いている。


 ラビは、その時になってようやく、セドリックの存在を認識した。身体を起こし、寝足りない気だるさに欠伸をかみしめながら腕を伸ばした。


「……なんだ、セドリックか」

「『なんだ』じゃありません、あなたに危機感はないんですかッ」


 ラビは、よく分からないセドリックの言い分を聞き流し、ベッドの上で悠長に背を伸ばした。


 その様子を見ていたユリシスが、面白くなさそうに片方の腰に手を添えた。


「残念そうな顔ですね。ずっと一緒だったという『親友』でも探していたのですか。まさか添い寝するほど仲がいいとは思いませんが」


 ユリシスは嫌味で言ったつもりだったが、ラビは、それの何が悪いのだというような顔をした。


「……? 男でもするだろ、添い寝」

「しませんよ!」


 ユリシスは即座に否定した。こいつは頭の中まで子どもなのか! と、その常識力を疑った。


 全力で否定されたラビは、ユリシスが口にした『親友』が、ノエルを指している事を遅れて察し、背筋が冷えてようやく完全に目が覚めた。


 そういえば昨日、テトに問われてノエルの話をしたのだった。そばには、ユリシスもセドリックもいたから、恐らく彼らにも聞かれていた可能性が高い。


 ラビは言い訳しようとしたが、うまく頭が回らず舌が乾いた。その間にも、セドリックが疑う眼差しで彼女の目を覗きこんでくる。


「ラビ、『ノエル』という男はなんですか。そんな男がいたとは聞いてませんよ」


 怒気を含んだ低い声でハッキリと尋ねられ、ラビは、どうしようかと必死に考えた。


「……えぇっと……だから、その、オ、オレの親友だよ」


 思わず答える視線が泳いだ。ラビは、セドリックが少ない村人の名前を全て把握していると知っていた。昨日の話をどこまで聞かれていたかは定かではないが、あまり言葉多く答えない方がいいような気がして口をつぐんだ。


 セドリックが納得しない顔をするそばで、腕を組んで様子を見守っていたユリシスが、ラビに追い打ちを掛けるようにこう言った。


「なるほど。同じベッドで寝て、普段はあまり寝かせてくれないうえに、元気な男の親友ですか。このまま二人でどこかに行こうと誘っておきながら、下心のない親友なんていますかね」

「なんで朝っぱらからそういう事を言ってくんのかな、お前はッ。なんの嫌がらせだよ? 男同士なら問題ないじゃん!」


 ラビは強く主張した。ユリシスは、自分の事を男だと思っているようだし、男同士なら問題のない状況である事を伝えようとしたのだが、何故か妙な顔をされてしまった。


 なんだろうか。オレが寝ている間に何かあったのか?


 なんだかますます不利な状況に進んでいるような気がして、ラビは慌てた。


「そ、それに、あれはオレが泣きやまなかったから、親が寝てる時こっそり抜け出して、気晴らしに付き合ってくれたというか……強くて優しい奴なんだよ、本当の兄貴みたいに面倒見がいいんだ」

「親が寝ている時こっそり――という事は、つまり九歳以前からの親友ですか」


 呟くセドリックから、ひやりと冷気が漂った。


 ラビは、なぜ二人の機嫌が朝から最高潮に悪いのか、不思議でならなかった。寝坊した事は悪かったと思うが、こっちは騎士団の人間ではないのだから、少しぐらい規律については多めに見てほしいし、放っておいてくれという気持ちもある。


 理不尽だ。何故彼らは朝っぱらから嫌がらせのように詰問してくるのだろうか?


 ラビは、追いつめられた状況に混乱して泣きたくなった。しかし、負けるもんかと、潤む瞳で二人を睨みつけた。


「お前らッ、朝っぱらからうるさい! 支度してオレは自分の仕事を進めるんだから、さっさと出てけ!」


 枕を思い切り投げつけられた男は、その際に彼女の肌蹴たシャツの襟元に気付いて、慌てて部屋を出て行ったのだった。

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