1章 ホノワ村のラビィ(3)

 しっかりと戸締りをして家を出る頃には、既に午後の陽は傾き始めていた。ラビは、村まで続く長い道のりを、ノエルと歩いた。


 三十分もすると村が見え始め、ラビに気付いた数人の老若男女が、そそくさと顔をそむけていった。そんな中、村に入ってすぐの道の端で腰を休めていた子供達が、ふとラビに気付いて顔を向けた。


「悪魔のラビだ」

「うっさいなぁ」


 見知った羊飼いの子供に、ラビは気持ちも込めずに軽く言い返した。


 この七歳から十一歳までの四人の男の子達は、根からラビを恐れてはいなかった。好奇心が強く友好的な子供達で、いつも挨拶代わりに声を掛け、躊躇することなくラビを「暇なら遊ぼう」と誘ってくるのだ。


 彼らは歩くラビの周りに集まってくると、歩調を合わせて一緒に歩きながら、「なぁなぁ」と忙しなく話しかけた。


 彼らにぶつかってしまわないよう、避けながら歩く事になったノエルが、『このクソガキ、邪魔ッ』と忌々しげに吐き捨てた。しかし、その声は人間には聞こえないので、子供達の騒々しさが止まる事はない。


「ラビ、三日振りだな。どうして取っ組み合いに来なかったんだよ?」

「お前らこそ、親の手伝いはどうしたの」

「きゅーけー中なのッ」


 一番幼い男の子が、ラビの質問に対して、律儀に手を上げて主張する。


 自営農家が多い村なので、彼らは物心ついた頃から、当然のように親の仕事を手伝っているしっかり者だ。ラビは彼らの休憩理由を察して「なるほど」と一つ頷いた。


「なぁなぁ、また勝負しようぜ。というかさ、俺、川釣りしたいんだよな」

「お前の父ちゃんが駄目って言ってただろ」


 ラビは目も向けず、腕にしがみついて来たその黒赤毛の少年の頭を押しやった。


「森には狼もいるし、熊もいるの。危ないから駄目」

「えぇ~、ラビがいるならいいじゃん。ラビが獣師やってから、村に狼も熊も近づいて来ないって、姉ちゃんがそう言ってたぜ」

「なぁなぁラビ、こいつの姉ちゃん、ラビにちょっと気があるんだよ」

「あのさ、お前の姉ちゃんって、まだ十二歳だよね……?」


 別に女である事を隠している訳ではないのだが、勘違いされる事が圧倒的に多く、面倒だと訂正していないのはラビの方だ。しかし、そういう事は想定していなかっただけに、ラビは、どうしたものかと珍しく言葉に窮した。


 そもそも黒赤毛の少年の姉は、同じ髪色をした癖毛の少女で、たびたび弟達を連れて一緒に荷車を押す姿を見た事がある程度である。一体、どこがどうなれば「気がある」という事になるのだろうか。


 ラビが薬草師だけでなく、獣師として積極的に出歩いている事もあり、村にいる子供の半分は金髪金目に対しての差別意識が薄れているところもある。


 そこは有り難いのだが、ラビの事を忌み嫌う少年少女や大人達の中にも、ラビが女である事を知っている者は当然いる訳で、それにも関わらず、性別の情報だけが伝えられていないらしい事実には困惑を覚える。


 その時、ラビの隣を歩けない事に苛立ったノエルが、『ちッ』と舌打ちした際、その尻尾が大きく揺れて建物の前に置かれていたゴミ箱に当たった。


 近くにいた女性が、風が吹いた訳でもなく倒れたゴミ箱を立て直し、こぼれ落ちたゴミを拾い集めながら、不吉なものを見る目でラビを見送った。


『くそッ、だから村の中は嫌いなんだよ。狭い場所に、ごちゃごちゃ人や物を置きやがって……!』


「ねぇラビ、今度川釣りしようぜ! 獣師なんだし、ついでに羊の散歩も手伝ってよ」

「おいコラ、無償で雇われる義理はねぇぞ。オレは、これから仕事なの。だからとっとと散れ、チビッコ共」


 ラビが「しっしっ」と追い払う仕草をすると、群がっていた子供達が「仕事かぁ」と納得したように渋々手を離した。仕事の邪魔をしないところは、素直で唯一可愛いところだとラビは思った。


 その時、その様子を遠くから見ていた馬屋の少年が、普段つるんでいる友達とラビに向かい「お~い」と声を掛けた。年は十三歳で、いつも手伝いの合間に木箱の上に座って休憩している少年である。


「ラビ、今から伯爵のところに行くのか? 場違いな馬車が通ってったから、今日は止めた方がいいんじゃね? 騎士団の紋章が入ってたよ」

「騎士団?」


 ラビが足を止めて怪訝な顔をすると、先程ラビの腕にしがみついていた少年が、ハッとしたように顔を強張らせた。


「えッ、もしかしてラビ、連れてかれちゃうのか!?」

「金髪金目って処刑されちゃうのッ?」

「何かやらかしたのかよ、ラビッ」

「もしかして『忌み子』って処分されちまうのかッ?」


 騎士団と聞いて、伯爵家の二人の息子まで考えがいきつかない子供達が、勝手な想像を膨らませて青い顔で騒ぎ出した。


 この目で確認していないので確証はないが、恐らく、幼馴染のどちらかが戻ってきたのかもしれない。根拠なく仕事を遅らせたくはないので、一度見に行って、それが本当であったなら訪問時間をずらそう。


 ラビは考えをまとめると、ひとまず拳を握り固めて、騒ぐ彼らの頭に容赦なく拳骨を落とした。


「黙れ。『忌み子』ってだけで罪になるわけないじゃん。お前ら気にし過ぎ」

「だって、心配なんだもん。俺の親父、ラビが早くいなくなればいいのに何て言うんだぜ。ひどくね?」


 黒赤毛の少年が、拳骨の衝撃で目尻に涙を浮かべながら唇を尖らせた。この前の誕生日会だって、本当は呼びたかったのに説得出来なくてごめん、と呟く。


 ラビはむずがゆい気持ちになって、彼の頭を乱暴に撫でてやった。オレの事は気にすんなよと笑い掛けると、少年達は安心したように手を振って、「仕事頑張れよー」と言い残して離れていった。


『で、行くのか?』

「まぁね。この目で確認してからってところかな」


 隣に立ったノエルに、ラビは目を向けないまま小声でそう答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る