こころココ

とりかご

第1話 憂鬱

「ねぇ、どこを見てるの?」


私はあなたの背中に問いかける。

声にならない、心の声で。




電車の窓から見える陽炎をぼんやりと眺めながら、頭の中にガンガンと響き渡る言葉。

それは、無責任な大人達が日常に落としていく

棘のある言葉。心を擦り減らしながら毎日を過ごしているうちに、私の真っ白なキャンバスは、ずいぶんと汚れてしまったらしい。


突然息苦しさに気づいた私は

マスクの下で、一呼吸をする。


吸い込んだ空気も生暖かく、気分が優れない。

新鮮な空気を求めて、ふらふらと電車のドアに近づく。急に立ち上がったせいなのか、大きくよろけてちょうど電車に乗り込んできた黒いシャツを着た男性にぶつかってしまった。

「ごめんなさい。」

少し顔を上げてぼんやりと視界に入った男性の顔。

イラついたような、でもなんだか悲しそうな顔。


この人も、私と同じなのかな。

そんなことを思いながら足早にホームを去る。

駅の名前も確認せずに降りてしまった。


そこは、逢魔時の人気の少ない下町だった。


空からふと目をそらすと、煎餅屋のおばあちゃんが店じまいをしている。

この時代には珍しい、淡いお店の明かりがなんだかとても心地よくて、気がついたらお店に向かって歩き始めていた。 


近づいてくる私に気づいたおばあちゃんが、

「なにか買っていくかい?」

と優しく微笑みかけてくれる。

今の私には、その笑顔が嬉しかった。

「おばあちゃんのオススメ、なにかありますか?」


勧められたお煎餅をいくつか買って、

「おまけ、つけておくね。」

とおばあちゃんが、買った枚数よりも多くのお煎餅を袋に入れてくれた。

ふふ、と思わず笑みが溢れた。

「ありがとうございます。」

少し歩き出して、なんだか暖かい気持ちになって振り返る。


お店の名前は、「日向屋ひなたや」。


またすぐに、ここへ来よう。


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