第4話 友達

 クリスマスのことがあって――甘城あまぎさんに彼氏がいると知って意気消沈した僕は、例年の十倍くらいは無気力に正月を過ごした。


 新学期が始まって学校へ行くと、受験間近だっていうのに、甘城さんは前と同じように――むしろ積極的に話しかけてくれた。


 何度か遊びにも誘ってくれたけど断った。この時期に会おうなんて申し訳ないから――ちがうな、どうせ叶わない恋ならもう会いたくなかったから、だった。


 それでも、断る度に寂しそうな顔をするから今日は断りきれずに来てしまった。


 そして、どういうわけか僕は今、甘城さんの家の前にいた。


 加えて、これまたどういうわけか僕の目の前にはどえらい美人が二人立っている。




 一人は我らが天使――天然美少女の甘木澪あまぎみおさんだ。


 今日も制服のボタンをかけ違えている。


 かけ違えていると言っても彼女の場合、ボタンを一番上まで閉めることは物理的に――胸囲の関係でかなりの無理があるため、常時2つほど開けているから分かりづらい。


 それでも僕が気付けたのは、ええと……観察力が鋭いからだ。

 



 もう一人は、僕と同じくらいの背の女性。スポーツをやっているかやっていたと思われる健康的な体つきをしていて、太もものラインがやたら美しい。


 その人は甘城さんの隣で腕を組み、冷徹な目で僕を睨んでいる。




「お前が最上悟もがみさとるか」


「はい……」


 威圧感のある声で僕は問われる。


「おっぱいは好きか」


「……いいえ」


「嘘だな……視線が左下へ動いた」


「なっ! えぇ……いやその誤解で――」


「……正直なやつだ。今の、視線でどうのってのは適当に言っただけだぞ」


「やらかした!」


「まぬけが」


 分かりきったことにも関わらず嘘をつき、それを見破られてしまった。最高にカッコ悪い。いや最低か。


 ここで甘城さんが初めて口を開く。


「お姉ちゃん! そんなこと聞いてどうするんですか!?」


「甘城さんの言う通り――って『お姉ちゃん』?」


 この人がお姉さんなのか。言われてみれば確かに、顔が似ているかも。


 目つきは全然違うけれど。


 性格はもっと違っていそうだけれど。


「澪、お前につきまとう邪欲の権化どもを祓うのは私の使命なんだ。そのためにこいつをふるいにかけた」


「『おっぱいが好きか否か』って、随分と目の粗い篩だな!?」


「黙れ、最上!」


「悟さんは私のです!」


 甘城さんは分かってくれている。


 そう、ただのだ。


「今の澪はこいつに洗脳されて『友達』だと言わされているだけだ。」


「そんな訳あるか!」


「だが安心しろ。今日をもって、この男がお前に近づくことは無くなる」


「……! どういう意味だ!?」

「……? どういう意味ですか!?」


 僕と甘城さんは同時に叫んだが、その意味するところはおそらくそれぞれ違かった。僕の方は魂の叫びで、甘城さんの方は本当に意味が分からなかったのだろう。


 甘城さんのお姉さんは、自分の顔の前に手を持ってきて、そして力強く握りながら言った。


「玉を、とる!」


 ――マジだ!


「うおぉ、逃げろっ!」


 僕は走りだした。




 ――小一時間逃げ回った末、僕は住宅街の袋小路に追い詰められていた。


 名状めいじょうしがたきバールのようなもの――いつの間にか拾っていた物騒なそれを持って仁王立ちする彼女のシルエットは、逆光を受けて黒々と際立っている。


「くっ…!」


「最上、お前に関して分かったことがある」


「……なんですか」


「お前には澪を襲うだけの甲斐性はない」


「……あはは、自信なくしますね」


「だが、念には念をだ。私は転ばぬ先の杖で石橋を叩いて渡る」


 言いながら、彼女は名状しがたきバール以下略を振りかざす。


「ま、待ってください! もう近づきませんから! それに、甘城さん……澪さんには彼氏がいるみたいですし、僕ももう諦めたというか何というか――」


「はあ?それは初耳だぞ」


「え?」


 彼女は名状以下略を地面に突き立てて僕に問いただした。


「澪に彼氏ができたのか?」




 ――僕は甘城さんの姉、甘城真央あまぎまおさんにクリスマス前夜のことを話した。


「するとなんだ、お前ら二人きりで出歩いてたのか!?」


「ええ、まあ……」


「羨ましい奴め――いや呆れた野郎だ」


「本音が聞こえた気がします」


「あ、でも相手のお前はただの甲斐性無しなんだったな」


「言わんでください! ……自覚はありますから」


 真央さんは一笑した。


「で、澪は『大切な人』とやらにプレゼントを買ったんだって?」


「はい。いつでも守ってくれる、かっこいい人だって」


 俯く僕の顔を覗いてから、真央さんは言った。


「はあ……その『大切な人』って多分私のことだわ」


「はい……えぇっ!?」


「あの日澪は『お姉ちゃん、いつもありがとう!』って言って泣きながら私にチョコをくれたんだ。可愛かったなあ……私も泣いたよ」


「……まじですか」


「うん。あの子に這い寄る――あ、ちがった、言い寄る男共は私がこの手で一人残らず消しているし、その時買ったチョコも一箱だけなんだろ?間違いないよ」


 そうか、甘城さんはこの強いお姉さんに守られてきたのか。確かに、かっこいい。


 ……っていうことはつまり、『大切な人』ってのは真央さんのことで、甘城さんには今のところ彼氏はいない――ああ、すげえ安心した。軽く泣けてくる。


「天然チョコレート娘がぁ!紛らわしいんだよぉ!」


「最上、心中お察しするよ……ぷふっ」


 真央さんは僕に同情の意を示したけれど、失笑したから台無しだ。


「よし最上、週末ちょっと付き合え」


「?」


「話しておきたいことがある」

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