第2話 イブのお誘い

「おつかれさまです、甘城あまぎさん」

さとるさん!」


 学校からの帰路で、僕はあの日出会った女の子に声を掛ける。名前は甘城澪あまぎみおというらしい。


 名前を聞いたすぐ後に分かった事だが、実は甘城さんは高校三年生で、つまり、ようするに、彼女は僕の先輩だった。


 正直年上って感じはしないけれど、ひとまず、リスペクトを欠かすことが無い程度には普通に話そうと思っている。


「ポッ○ー食べますか?○ッキー」

「隠せてねぇよ!」


 これはもう、僕のツッコミとしてのスキルを試されているような気がしてならない。うん、敬語は適宜使うってことにしよう。


「いらないんですか?」

「いや、貰おうと思いますけど……」


「じゃあ、悟さん、あーん」

「いや自分で食べるから……って甘城さん!?」


 甘城さんは、あろうことか持ち手部分を唇で咥えて、その反対側を僕に向けた。


「ん……」


 ごくっ……。


 持ち前の巨乳と低身長を活かした扇情的な上目遣いの破壊力たるや、一度世界を救って滅ぼして救い直すくらいは造作もなく出来そうなほどに凄まじい。


 眼前に広がる理想郷の引力から逃れるため、理性の第二宇宙速度で自制する。


「あ!悟さん!」

「ぽりっ。いや危ない危ない……」


 もちろん、箱から頂いた。後悔は少ししかない。


「もー、あとちょっとだったのに」


 ナニがあとちょっとなんでしょうね?


 と、こんなやり取りが平常運転だから少しばかり疲れはするけれど、一緒にいればそれ以上に癒されるし、何より楽しい。


 素直で柔軟だからすぐに相手と同調できてしまう彼女の、冗談みたいな天然さを見ていると、卒業後悪い大人たちのいいようにされはしないかとこちらが心配になる。


 そんな甘城さんは、いつでもチョコレートやチョコ菓子を携帯していて、日に何度か――或いは何十回か取り出しては美味しそうに食べた。小腹というよりは心を満たすようだった。


 まったく、そんなに食べてなんで太らないんですかね。


 さしずめ、彼女の身体には特殊な代謝機能があって、栄養の殆どは大いなる双丘の糧となっているのだろう。




「ところで悟さん、クリスマスにご予定はありますか?」


「ふぁ!?」


 甘城さんは矢庭に話を切り出した。


 え?まさか、『孤高の聖者』もといい『万年クリぼっち』の僕にお誘いを!?


 いや落ち着け僕。この人天然だし、どうせ聞いてみたけど全然その気はないってオチだろう。


 ふっ。こんなことで揺さぶられるようじゃ、僕もまだ青いな。青といっても空や海の青色ではなくて、新芽のミント色だ。


 しかし、甘城さんは自分の可愛さへの理解が致命的に足りないよな。僕以外の男子に、○ッ○ーゲームみたいなことをした挙句クリスマスの予定を聞いたりしたら絶対勘違いされますよ?


 さて、例年のことはともかくとして、僕の今年のクリスマスには何か予定があっただろうか。うん、確か何も無いよな。


「ああああありませんがぼぼぼぼ僕なんかでいいいいんですか?」


「ま、まだ何も言ってませんよ?」


「すみません、取り乱しました。で、何時に集合ですか?」


「ですからまだ何も言ってな」


「分かりました。では僕もそのようにします」


「…………」


「…………」


「…………もう、このチョコを食べて落ち着いてくださいね、えいっ」


「ぐむっ!?……んむんむ…………」


 これは……チョコミント?


「ミントの伏線、ちょっと無理矢理すぎやしませんかね!?」


「どういうことですか?」


「いえ、こっちの話ですのでお気になさらず。でもうまい!アイスのチョコミントしか知らなかったけど、やっぱ結構合うんですね!」


「スカッと爽やかに甘さを引き立てます!」


 ……なんの話だっけ。


 ああ、クリスマスの予定を聞かれて、答えたな。


 でも僕は勘違いしていたみたいで……耳が熱い……。


「…………それで、あの……予定は無いってことでしたけど……その……良かったら……えっと……」


 いつになく恥ずかしがる甘城さん。


 これって――


「……っ」


 僕は心臓に早鐘を打たせながら見ていることしか出来なかったが、彼女は深呼吸してから言った。


「私とチョコレート買いに行きませんか!」


「よろこんで!」


 ちょっと返事が早かったかな


 まあ、それは以後の反省点にするとしよう。


 ともかく喜ばしいことに、12/24の予定が出来た。

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