君のチョコっと甘いとこ

猫奴(まおぬー)

第1話 出会い

 雪とチョコレートって良い取り合わせだと思う。


 それぞれの冷たさと甘さ。口に含めばほどよく溶けるという共通のイメージ。


 続けて想像するだけで、寒い日に甘いものを食べたくなるような感覚が想起される。


 それから、色の対比も良い。


 無垢な白さと、上品な黒さのコントラストが美しい。


 僕は雪もチョコも特別好きというわけではないけれど、それでも、「降る雪が全部チョコレートならいいのに」なんて歌詞には共感を禁じ得ない。




 ――学校からの帰り道で雪景色に包まれながら、僕はそんなことを考えていた。


 十二月の中旬だから日も短い。僕が帰る時間帯にはもうすっかり暗くなっていたので、街灯に照らされる雪ばかりが目に付く。


 光源を中心とした球で囲まれたような空間では、天然の紙吹雪が止めどなく降り落ちて視覚を飽きさせない。


 それにしても、この地域のこの時期に積もるほど雪が降るなんて珍しい。


 滅多にあることではないから、雪だるまでも作っておこうか――とも思ったが、今日はそんな気分じゃないな。


 真っ直ぐ家に帰りたい。


 そう思うのは寒いからか、腹が減ったからか――いや違う。陰鬱さの理由は分かりきっている。


 将来が見えなくて、不安だからだ。


 今日も、担任の教師に希望進路を聞かれた時に、はっきりと答えられなかった。


 つまり高校二年生の僕、最上悟もがみさとるは、全国のおそらくほとんどの高校生と同じように、進路について悩んでいるのだった。


 結論を焦る必要もないのだろうけれど、『まあ、何とかなるだろ』って調子で、根拠のない未来に安心して何もしない自分が嫌になる。


 ……みんな、もう最初の一歩を踏み出してるっていうのに。


 なのに、僕は昔から何も変わってない。変わらなきゃって思ったところで、こう生きようって踏み切れない。


 世界に、置いて行かれているみたいだった。




 ――そんな面持ちで、歩道にできた雪の絨毯をザクザク踏みつけながら歩いていると、前方に人影が見えた。


 うちの高校の制服を着た女の子が、かがみ込んで肩を震わせている。


 こんな暗い時間に一人とは、危ないんじゃ――泣いているのか?


「大丈夫で………ぐおっ!」


 思わず駆け寄って声を掛けようとしたが、雪の塊に足を取られて彼女の横まで滑り倒れる。


「……だ、大丈夫ですか?」


 先に言われてしまった。


「痛っ……はい、なんとか……」


 苦笑して体を起こしながら彼女の驚いた顔を見る。やはり目元が少し赤い。


 お菓子の箱を手に持った彼女の前方には、チョコレートが散乱していた。


 ……って、それで泣いてたのか?子供かよ!?


「…………」


「…………」


 視線が行き当たると、そこで二人とも固まった。


 可愛らしい顔だ。


 それから、小柄な割に豊満な胸をお持ちでいらっしゃる。


 服のサイズ合ってないんじゃないか?


 いやバストだけか?


 あ、それに、雪が乗っかっちゃってない?


 重くないのか?


 冷たくないのか?


 ――僕はそういうことを考えるので忙しかったから、先に沈黙を破ったのは、ようやく状況を理解し始めたらしい彼女の方だった。


「……あ、あの!」


 寒さで赤くなっていた顔を一層紅潮させて、次にこう言った。


「チョコレート、食べますか?」


「へ?」


 唐突の提案に呆然としていると、彼女は個包装されたチョコレートをリュックから取り出して僕に差し出した。


「どうぞ」


「どうも……ありがとう」


 受け取ってしまったから、今食べるべきだよな。うん。


「うまい!」


「ですよね!」


 良くぞ分かってくれたと言わんばかりに手を合わせて笑った。


 その笑顔がまたとても可愛い。天使みたい。


 やっべぇ、眩しすぎる……。


 たまらず僕は地面のチョコレートの方に視線を移して聞く。


「ところで、そこに散らばったチョコは?」


「はぅ!? そ、そうでした! ちょっと高めのものだったのに……ぐすっ」


「落としちゃったか……それは残念だったね」


「あそこにカチコチの雪玉さえなければ……」


「あれか……」


 僕も引っかかったやつだ。誰だあれ作ったの。本当に怨めしい。


「ああ、きっとこのまま春になって、雪と一緒に溶けちゃうんですね」


「あはは、面白いですね」


「……?」


 キョトンとした顔で僕を見た。ああ、これが天然ボケか。


 しばらく僕を見つめた後、何かに気付いたみたいに『あ!』と声を上げる。


「チョコ付いちゃってますよ!」


「え?」


 どうやら僕の口元に、さっき食べたチョコが残ってしまっているようだった。


「動かないでください」


「んっ……!」


 彼女はハンカチを取り出して僕の顔へ近付け、無防備にも前屈みの体勢で、僕の口を拭ってくれた。


 真剣な顔で、優しい手付きで、何度も何度も……。


「あれ? 落ちませんね」


 作業に集中しだした彼女は、息が吹きかかりそうなほど僕に近づいていた。


 高鳴る心臓の音が、彼女に聞こえてしまわないか不安になる。


 早く終わって欲しいような、やっぱり終わって欲しくないような……あ、待て、そういえば、唇の横のその位置ってたしか――


「あ! それホクロかも」


「ええ!? ……あ、本当ですね」


 彼女はまた顔を赤くした。


「チョコじゃなかったけど、拭いてくれてありがとね。えっと……お名前は?」


甘木澪あまぎみおです」


「僕は最上悟です。……思ったんだけど、甘城さんって、けっこー天然だよね」


「……テンネン?」


「…………」


 え? もしかして天然物の天然?

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