呪われし王国へ、手向けの花を

有沢真尋

第1話

 ルシエルにあてがわれた牢獄には、先住人がいた。

 人?

 かつては人だったに違いない。いまは骨だ。


 どこもかしこもツンとカビ臭く、薄暗く淀んだ空気の中、石の壁に穿たれた鉄杭から垂れた鎖。両腕を吊るされ、膝をついた姿勢で、そのひとは襤褸ぼろをまとったまま骨になっていた。

 ひざまずき、俯いた姿でも、ルシエルより一回り以上大きい。

 骨となる前は、さぞや体格に恵まれた男性だったのではないだろうか。


「はじめまして。私の名前はルシエル・ディ・ザルディーニ。四番目の姫です。今日からここに住むことになりました。どうぞよろしくお願いします」


 高所の窓から差し込む一筋の光の中で。

 ルシエルは、スカートの裾をつまんで、丁寧にお辞儀をする。「王侯貴族の間では、相手によって出方を考え、態度を変えるのを良しとする向きもある。これがいかに上品ぶっただけの浅慮で、実際はひどく下品な考え方だということを、あなたはよくよく知っておきなさい」とルシエルは母に教えられていた。


(相手が誰であるかによって、自分の振る舞いを決めるのは、自分自身をも貶めること――)


 一方で、ルシエルの母親違いの兄マウリシオは、明らかに相手を見て態度を変えている。自分がよく見られたい相手に対しては朗らかな笑みを見せ、丁重に振る舞い、折り目正しく接する。身分の低い者に対しては傲慢で冷たく、厳しい言葉遣いでつまらぬことでも叱責をする。「王族たるもの、無闇にいらぬ愛想を振りまき、下々に勘違いをさせるわけにはいかない。豚になつかれても臭いだけだろう? 私は立場というものをわからせているだけだ」マウリシオは、ルシエルに対して冷ややかに言い放った。


 ルシエルはこのとき七歳。兄よりも、母を信じた。のマウリシオにとって「立場をわからせる」は呼吸するように当たり前のことのようだったが、ルシエルはただ母を信じた。

 だからルシエルは、骸骨に対しても自分の考える言葉で話しかけたのであった。


「私は小さいので、あまりたくさんの場所は使わないと思います。あなたのお邪魔にならないようにしますが、何か気になることがありましたら、なんなりと仰ってくださいませ」


 項垂れたままの骸骨は、何も答えない。

 何も。

 ルシエルは(おとなしい方なのね。そっとしておいて差し上げましょう)と了解し、「前を失礼します」と断ってから忍び足で骸骨の前を通り過ぎた。

 汚れた毛布の置かれたベッドの前で振り返り、牢獄の中を見渡す。

 かすかに首を傾げて考え込んでから、微笑んでその言葉を口にした。


「うん、良い部屋じゃない」


 長くここに住んでいるであろう骸骨の前で、部屋を悪く言ってはいけないと思ったのだ。


 * * *


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