呪殺と代償

西玉

第1話 代償と義手

 俺は、生涯に10人だけ、呪い殺すことができる。


「動かしてみろ」


 幼馴染の技術者ムトウが、俺の差し出した左手をいじりながら言った。

 ムトウが手を話した。ずっとただ差し出していた左手を、ムトウが離れたのを見計らって開閉させる。


 俺のイメード通りに指が動いた。

 俺の左手に指はない。右手には五本の指がある。

 生まれた時には左手にも五本の指があった。


 だが、俺が付き合った女性に男が付きまとい、俺は左手の指を一本失った。

 同時に、その男は死んだ。

 結局、付き合った女には振られたが、その女は悪い男が好きだったらしく、その女のために俺は三本の指を失い、俺は自分の能力に気づくことになった。


 左手に残った二本の指のうち、一本を失うことで俺は大金を手に入れた。

 もう一本を失うことで、俺の手をいじっているムトウは好きな女と結婚した。

 俺は、自分の手の指を失う代償として、殺したい相手を殺すことができるのだ。

 そのため、俺は生涯に10人だけ呪い殺すことができる。


「凄いな。脳波でも拾っているのか?」


 俺は、指がないはずの左手を開閉させた。


「いや。ダイゴの脳には何もしていないし、脳波を拾うことなんてできない。左手の手のひらと指の付け根は神経が通っているんだ。その情報から、指の動きを計算して動くのさ」


「有難い。これで不自由なく生活できる」

「それだけじゃない。小指の付け根のボタンを押してみろ」

「ああ」


 ムトウは楽しそうに話していたが、技術者とは自分の作ったものを自慢したいものなのだろう。

 俺は、非常に見えにくい位置にあるボタンを押した。


 左手が突然、俺の意思とは関係ない動きをし、俺の右手を掴んだ。

 右手の小指を掴み、まるで引きちぎろうとするかのように力がこもるのがわかった。


「おい、ムトウ」

「便利だろう?」


 ムトウが再び義手のボタンを押すと、左手の動きが止まった。


「……な、なんの機能だ?」

「自分で指を引っこ抜いたり、切り落としたりってのは、それは勇気がいるだろう。左手の指を全部無くしたダイゴにとっても簡単じゃない。ダイゴに変わって、指をもぎ取ってくれる」

「……ムトウ、いったい誰を殺したいんだ?」


 俺が望めば、この機能を備え付けたムトウをも殺すことができる。

 どこにいて、何をしていようが、何に守られていようが意味がない。

 俺が死を願い、俺が指を失えば、その相手は死ぬのだ。


 それをムトウは知っている。

 知りながら、こんな機能をつけたのだ。

 誰かを殺したいに違いない。

 俺は推測で尋ねた。

 ムトウは答えず、四角いケースから金属の塊を取り出した。


「……これはなんだ?」

「右手用の義手だ。取り外しが可能で、指を一本失った場合から、五本ともなくなった場合でも対応できる。これで、ダイゴは能力を使い切った後でも、何不自由なく生活できる」

「五人殺せってことか?」


 俺が尋ねると、ムトウは青い顔をしたまま首を振った。


「今すぐに……じゃない。俺は……命を狙われている」


 俺は、過去に五人の人間を殺した。直接ではない。俺が指を失った結果、五人が原因不明の死亡をしたというだけのことだ。


「俺は穏やかに生きたいんだけどな」

「ああ……俺だってそうしたい。俺が望んで、命を狙われたいって思っているはずがないだろう」

「相手は?」


「わからない。だけど、ダイゴが指を一本失う度に、ダイゴや俺に都合の悪い奴が一人死んでいる。それに、気づいている奴がいるってことだ」


 俺は、俺と付き合い、俺に不幸を振りまいて結局逃げていった女を思い出した。


「……あの女か?」

「ダイゴが初めて指を失った時のことを考えているなら、多分、その女じゃない」

「……大金を俺に預けたまま、死んだ男がいた……」

「初耳だが……違うだろうな。そうか、ダイゴの金回りがいいのは、そんなこととを……」


 俺は嘆息した。


「わかっているよ。俺の都合で殺した奴が原因なら、ムトウを狙うはずがない。ムトウが奥さんと結婚するために、俺が殺した男がいたな。あれは……何者だったんだ?」


「ただのお坊ちゃんだよ。立ち回りが上手くて、話をつけるのが美味かった。だけど……ユリコを俺に譲ってくれるのだけは拒んだ。あいつが、ユリコと付き合うために、どれだけのコネと金を使ったのか、俺には想像もできない。結局、あいつとユリコが結婚の約束をした直後に、あいつは死んだ。ユリコは気づいていない。だけど……誰がどう勘付いているのか、想像もできない」

「……では、俺は誰を殺せばいい?」


 ムトウは、義手をケースにしまい、鍵をかけた。鍵の暗証番号を俺に教えた。


「それがはっきりする前に、俺が殺されないことを祈ってくれ」


 ムトウの言葉は、冗談には聞こえなかった。

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