第95話 城を出て

 姫とよく来ていた湖のほとり。そのちょうど反対側に、この花の群生地があるとは、思ってもいなかったな。

 クラムに跨ったまま、辺りを見渡せば、一面にピンク色の花が咲き乱れている。まるでピンク色の床のようだ。姫ならばこの景色に心を囚われるに違いない。この辺りに、いてくれないだろうか。

 カミュート王から聞かされたシャーノ王からの要請は、フェリスの手紙と同様のものであった。姫が城を出て行ったから、どこにいるのか探して欲しい。コーゼから姫を救い出した私ならばわかるはずだと。

 シャーノ王からカミュート王への要請を知り、私をシャーノに行かせるようにと進言したのは、やはりジュビエールだった。


 兵士達の剣の腕は十分に上がった。次はシャーノに行ってこいと、私がカミュートを出るときにそう背中を押してくれた。

 余計な世話だと言いたいところだが、本当にありがたい。おかげで何の障害もなくシャーノに入ることができた。

 ピンク色の床をゆっくり歩いていけば、その視界に飛び込んできたのは絹糸のような金髪。やはり、ここだったか。

 

「やっと見つけました。このような所で何をされているんですか? クリュスエント姫」


 ピンク色の花に囲まれて、その花達を愛でていた姫に、声をかける。

 すぐそばには一軒の小屋がぽつんと建っていた。姫はこのような場所で暮らしているのか。

 シャーノに呼び戻された私は、必死に姫のことを探していた。

 定期的に姫から送られてくる手紙で、ご無事であることはわかっていたが、どこで何をしているのかがわからなくなったフェリスに、助けを求められる。

 シャーノ王に私を呼び戻すように進言したのもフェリスだ。

 

「あら、アイシュタルト。ついに見つかってしまいましたわ。いい場所でしょう?」

 

「いい場所でしょう? ではありません。王が心配しておいでですよ」

 

「そんなことよりも何故アイシュタルトがここに? シャーノ国には戻れないと、そう言ったじゃない」


 私が探しにきたことに不満を感じているのか、姫が頬を膨らませる。

 

「確かに言いました。ですが、姫がいなくなったことで、シャーノ王がわざわざ私を呼び戻して下さったのですよ。姫を探すようにと。さぁ、城へお戻りください」

 

「いやよ! 私はここで山羊を飼って、馬を飼って、畑で野菜を育てて暮らすの」


 姫の発言に頭が真っ白になる。小屋の隣を見れば、シュルトまでが連れてきてあった。

 どおりで城の馬小屋にシュルトがいないはずだ。シュルトは誰か別の騎士が乗っていると思っていたが、まさか姫が連れてきていたとは。

 姫は馬には乗れないはずではなかったか。

 カミュートからクラムを連れ、シャーノに戻った私は、そのままクラムに乗って姫を探していた。

 

「なんということ……姫にそのようなことができるわけがない」

 

「それに、私が城へ戻ってどうするの? もう次期王には弟が決まっているわ。滅亡した国の王族に嫁いだ姫がそのような城へ戻ったとしても、何もすることはないわ」


 姫の言うことも間違ってはいない。シャーノに戻ってからも、皆に気を遣われ、昔の様には戻ることができなかったと、フェリスが話していた。

 

「そんなこと、ありませんよ」

 

「いいえ! あるの! わたくしにだってそれぐらいのことわかっているわ。父様はわたくしが他所で問題を起こして、弟に迷惑がかかることを恐れて呼び戻したいだけなのよ」

 

「まぁ。そうかもしれませんが」


 王の中にその様な気持ちがないとは言わないが、決してそれだけではない。姫のことを心配なさっているからこそ、私を呼び戻したのだ。

 

「そうでしょう? ところで、アイシュタルトはもうシャーノに戻ってきてるのよね?」

 

「はい。呼び戻されましたから」

 

「それなら、一緒に暮らしましょう? ここで」


「はい?! こ、ここで?!」


 姫は一体、何を仰っている?

 一緒に? 私と?

 

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