第94話 フェリスからの手紙

「地図にサポナ村の名前が戻ってきたことに、兄さんも喜んでいました。アイシュタルトの尽力ですよね」


 サポナ村の再興をカミュート王に願い出たのは間違ってはいなかったようだ。

 戦の後処理の中で、国境の引き直しを耳にした私が、それならばと進言した。

 騎士団長という名誉ある職を辞退する代わりに、私が得た褒賞はこれで全て。

 面倒な役目をジュビエールに押し付けることができたことが、何よりもの褒美かもしれぬ。


「サポナ村の再興に、ロイドも関わっているのか?」


「ロイドは顔が広いですから、兄さんに色々と助言してくれているようです。ついでに教育も」


「ククッ。ルーイは鍛えがいがありそうだからな」


「はい。楽しそうですよ」


「城に呼ばれたわけではないのに、こちらへ来るとは、他に何か用があったのか?」


「そうでした! 先日までシャーノに行っておりまして、フェリス様からお手紙を預かってきたんです。今日はそれを渡すために、ここへ来たんですよ」


 フェリスから。一体何事だろうか。


「姫のことか?!」


「僕にはわかりません。ただアイシュタルトに渡して欲しいと頼まれました。こちらです」


 ステフから受け取った手紙には、フェリスの手書きの文字が並ぶ。

 綺麗に並んだ文字に慌てて目を通した。


「ステフ、フェリス様の様子はどうだった?」


「どうとは? いつもと同じように笑顔を浮かべていらっしゃいましたが、何か変わったことが書かれていましたか?」


「姫が、城を出たと……」


「は? え? ほ、本当ですか?!」


「あぁ。そのように書かれている。できれば探して欲しいと」


 フェリスは何を考えている?

 シャーノに戻る手段を探さねば。またステフと共に国境門を通るか?

 いや、さすがに今の私では追手がくるか。今の役目を返上しなければ、自由に動くこともできぬ。


「アイシュタルト、どうしますか? シャーノに行きますか?」


「シャーノには行く。だが、前の様に其方と共に行くわけにはいかぬ。私も其方も目立ちすぎる」


 剣術指南役と城のお抱えの商人では、隠れて通ることもできぬ。

 どうすれば良いか。

 その時、ジュビエールが私を呼ぶ声が聞こえた。


「アイシュタルト! 王が呼んでおる」


 今、そのような場合ではないのに。


「ステフ、悪い。王の所へ行かなくては。この件に関しては、また連絡する」


「はい。僕にできることがありましたら、言ってくださいね」


 呼びに来たジュビエールと交代に、今度は私が城内へ入る。この様な時に何だと言うのだ。

 ジュビエールと話し始めたステフをおいて、王の元へと急ぐ。

 既に頭の中は、シャーノへ戻ることしか考えていなかった。



「騎士団、剣術指南役アイシュタルト、参りました」


 急いで王の元へとたどり着くと、その場で跪く。


「おお。待っておった。其方の活躍聞いておる。騎士団の剣の腕も上がったそうだな」


「失礼ですが、それは私だけの成果ではございません。皆の努力によるものです」


「其方のその様な態度。やはり騎士団に入れて良かった。今からでも騎士団長を代わらぬか?」


 冗談ではない。騎士団長どころか、指南役すら辞めたいというのに。


「その役目はジュビエールに任せておくのが一番です。剣の腕も人望も申し分ない」


「そうか。それでは、其方には別の役目を申しつけるとしよう」


 別の役目? 指南役だけではなく、更に役を重ねるというのか。それでは、シャーノに行けなくなってしまう。


「別の、と言いますとどのようなものでしょうか」


「其方には、シャーノに行ってもらいたい」


「シャーノ、ですか」


 たしかに私が行きたいのはシャーノなのだが、一体どういうことだろうか。


「うむ。シャーノの国王から其方へと要請がきておってな。せっかく友好関係を結んだところだ。その要請にも応えておくべきだと、進言した者がおる。任せて、いいだろうか?」


 進言……まさかな。

 

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