第90話 サポナ村での報告

「アイシュタルト! おかえり! って、おい、何連れてきたんだよ」


 私たちの足音を聞きつけたのか、ルーイが外に出て私たちを出迎える。

 視線は私とフェリスを通り過ぎ、ジュビエールに釘づけだ。まさか他の騎士を連れてくるとは、思ってもいなかったのだろう。


「ジュビエールはカミュートの騎士だ。私に用があるらしい。事情も知っているから、気にするな」


「気にするなって言われたって……」


 ルーイが気にしてるのは態度だろうか。姫と七日間も一緒にいたのだ。もう何も心配する必要もないだろう。


「クリュスエント様は?」


「中にいるよ。アイシュタルトのこと、待ってる」


 私ではなく、姫が待ってるのはフェリスだろう。あの客室に置き去りにしてきてしまったのだから。

 フェリスがクラムから降りるのを待って、二人で家の中に入る。


「フェリス! 大丈夫でしたか? わたくしだけ先に逃げてしまって、ごめんなさい」


 姫がフェリスに駆け寄って、その手をとった。そして、大粒の涙を流す。


「姫さま、大丈夫です。アイシュタルト様が助け出して下さいましたから。それに、大活躍だったのですよ」


「そ、そうなのっ?」


「えぇ。リーベガルド様はアイシュタルト様が捕らえて下さいました。姫さまはもう、何も心配しなくていいのですよ」


「アイシュタルトが? 捕らえた……」


 姫の涙は止まることがなく、フェリスにすがり付いてこれまで我慢してた分まで、泣いているようだ。


「クリュスエント様。大変お待たせ致しました。やるべきことを全て終え、戻って参りました」


 私の挨拶にも、頷くばかりで声も出せないご様子。それも仕方あるまい。フェリスのこと、心配だったのだろう。

 

「アイシュタルトが捕らえたって?」


「あぁ」


 姫とフェリスの会話を聞いていたルーイが私の方を向き直る。


「そしたら、もう戦は終わる?」


「終わる。近いうちにカミュート王からの発表があるはずだ。それより、こちらは大丈夫だったのか?」


「はい。様子を見に来ていた兵もいたようですが、問題になるような出来事はありませんでしたよ」


 私の質問に答えてくれたのはステフだ。ずっと、姫を守っていてくれたんだな。顔全体に疲労感が浮き出ている。


「ステフ。苦労をかけた。本当にありがとう。今夜は私が見張りを代わる。しっかり、休んでくれ」


「本当ですか? 助かります」


「アイシュタルト、これからどうするの?」


 ルーイの言葉に、姫やフェリスまでもが私に注目する。明日以降の話をしなくてはいけないな。


「明日、カミュートとシャーノの国境門に向けて出発します。私とジュビエールでクリュスエント様とフェリス様をお送りします。そしてお二人はシャーノへ戻って下さい」


「アイシュタルトは? どうするの?」


「お二人がカミュートから出られた後は、今回の件の報告に、城へ出向かなければならない。王を捕らえた報告には、本人がいかなくてはな」


 そして、多分その時にジュビエールが騎士団への入団を進言するつもりだろう。王の判断によっては、そのまま城内に留まることになる。


「それで? いつここに戻るの?」


「……ジュビエールは、私を騎士団に引き入れたいそうだ。そのためについてきている。私も働く先を世話してもらえるのであれば、その方が良いと思ってな」


「騎士団に入るの? もう、戻ってこないってこと?」


「そうなるな。騎士が私の本来の職だ。そろそろ戻るのも良い。戦果をかざして、騎士団への入団を交渉できれば良い」


「俺との旅は? ここで終わり?」


「すまないな。私は騎士に、戻る」


 気づかれるな。私が少しでも気持ちを残していれば、二人が何をするかわからない。

 二人には私から離れ、平和な生活を返そう。巻き込んでしまった借りは、いつか必ず返す。

 これまで生きてきた中で、これほど丁寧に顔を作り上げたことはなかった。

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