第80話 二人からの提案

 姫との顔合わせが終わると、すぐにルーイがこちらへ視線を向ける。


「まさか、本気で連れてくると思ってなかった」


「其方がここで匿うと言ったではないか。それよりも先にクリュスエント様に椅子を」


「言ったよ。言ったけどさ……」


「そしてステフ」


「ぼ、僕ですか?! 何かしました?」


 私とルーイの会話を横目に、姫に椅子を勧めていてくれたステフが、わたしに名前を呼ばれて身体を硬直させる。


「先程の剣。良い動きだった」


「ありがとうございます! あの後も毎日欠かさず振ってたんです」


「よくねぇって! あんなところで剣振り回して、誰か来たらどうするんだよ」


「誰か……やはり来たのか?」


「あぁ。ここに着いて何度か。俺達は山へ隠れていてさ。荒らして行かなかったから、カミュートの兵かな」


「最近は?」


「そういえば落ち着いてるなぁ。門の周辺の兵士も減ってきた」


 国境門周辺は完全に制圧し終わったということだろうな。


「王女さまのこと匿うのは良いけどさ、この後戦はどうなる? いつまでもこんな所で四人は暮らせねぇよ?」


「いや、三人だ」


「三人?!」


「あぁ。ここで姫のことを匿っていて欲しい」


「アイシュタルトは? どうするんだ?」


「私はもう一度コーゼへ戻る。やらなければならぬことがある」


 目を白黒させているルーイを放って、姫のお側に寄っていく。椅子に座って私たちの話を聞いていた姫は、ルーイと同じように動揺しているようにも見える。

 私はその場に跪き、姫の顔を見上げた。


「クリュスエント様。しばらくの間、ここで彼らとお待ちいただけますか?」


「ア、アイシュタルトはどちらへ行かれるの?」


「私はクリュスエント様の護衛騎士ですから、クリュスエント様に害を為した者をこのままにはしておけません」


 私の目的はただ一人。国王リーベガルドだ。

 私の中の怒りは消えぬことはない。腹の奥でくすぶり続ける怒りを、叩きつけてやらねば気が済まぬ。


「まさか……王族に手を出してはなりません!」


「私が無事に戻りましたら、シャーノまでお送りしますから。フェリス様のことも、お連れして参ります」

 

「フェリス……ですが!」


「クリュスエント様。私は護衛騎士ではありますが、カミュート国の一傭兵です。敵対する者を討って、何を咎められましょうか」


 姫が私の言葉に頷きそうになる。


「ちょ、ちょっと待て!」


 その時、ルーイが口を挟んだ。


「何だ?」


「話に割り込んで悪い。それは謝る。でもさ、いつ出発するつもり?」


「それは、今すぐにでも」


「って言うと思ったんだよ。だから止めたの!」


「どういうことだ?」


「出発は明日にしろ! もう日も暮れる。一晩休んで、朝出れば良い」


「一刻も早くコーゼに戻らねば」


 ルーイが私を止める意味がわからない。早く出れば早くあちらにたどり着くというのに。


「ふふ。アイシュタルト、昨夜寝てないのではないですか? 兄さんはそれを心配してるんです」


「そう! 酷い顔してる!」


「昨夜は……」


「クリュスエント様を守ってたんですよね。わかってます。だからこそ、今夜は休んで下さい」


「この家なら、ステフがいてくれるから」


 この二人には隠せないな。確かに昨夜は眠れなかった。マントで顔を隠したままの姫を宿には連れて行けず、森の木陰で夜を明かした。

 私が眠るわけにはいかなかった。


「アイシュタルト、わたくしのせいですよね。ごめんなさい」


 姫が表情を曇らせる。


「お気になさらないで下さい。それが私の仕事です」


「アイシュタルト、兄さんの言う通りです。今夜は僕がちゃんと見張りますから。剣の腕は、先程褒めてくれましたよね」


 ここは、ステフの言葉に甘えようか。緊張の連続で確かに私も疲れていた。


「ステフ、ルーイ。その言葉に、甘えさせて貰う」

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