第78話 二人での旅

「其方が、ジュビエール様の命を受けた者か?」


 城門からの伝令が来ていたようで、先ほどよりも和らいだ態度に、こちらの緊張も解れる。


「あぁ。こちらには報告が伝わっているようだな」


「内密の命だとは聞いたが、こちらも仕事でな。申し訳ないが、そのマントを外してもらえぬだろうか」


 ジュビエールのマントを持った私の立場を気にしてはいるようだが、城門で出会った兵士よりはまともな仕事をしているな。

 兵士の働きが良いというのは、こちらにとっては不都合なことであり、どうしたものかと思いを巡らせる。


「この人はコーゼの城において、酷い扱いを受けていたカミュートの者だ。よほどの目に遭ったのか酷く怯えている。できればこのまま、通してもらいたい」


 私はそう告げると、姫の手をとり、その兵士の前に出す。青白く痩せ細った手が、私の言葉を信じさせるだろう。


「これは……」


「このまま、見逃してはもらえぬか。ようやくここまで連れてきたのだ。再び怯えてしまっては、カミュートに到着するのが更に遅れる」


「遅くなるのは困るな。仕方あるまい。今回はこのまま通す」


「申し訳ない。恩に着る」


 姫の手をすぐさまマントの中に隠し、言葉数も少なく、その場を離れた。時間がかかれば何を言われるかわからぬ。

 このまま通り過ぎていくだけだ。

 慌てていることがバレぬよう、姫の体の負担にならぬよう、速さを変えずに門をくぐり抜けた。

 後は国境門だけだ。


 そこまでおよそまる二日。二人での旅となるだろう。

 二人での……つい邪な思いが頭をよぎる。このような思い、姫に感づかれるわけにもいかない。立場を弁えて、適切な距離を保つ。そう自分の思いをぐっと堪えようとするが、姫との近い距離に心臓の高鳴りだけは止められそうになかった。

 こればかりは、どうしようもないな。

 国境門への道のりを、その時間を惜しむようにゆっくり進んでいく。


「アイシュタルト。カミュート国まではかなりかかるのですか?」


「二日間ほどかかります」


「そうなのですね。このように馬に乗るのなんて何年ぶりでしょう」


「私も、この戦で久しぶりに乗りました」


「あら? アイシュタルトは騎士なのですよね? 何故馬に乗るのが久しぶりなのです?」


「歩いて、旅をしておりましたから」


「旅を?」


「えぇ。カミュート国中を周るつもりで、旅をしていたんです」


 その旅も、ほとんど周ることができずに途絶えてしまったが。それでも、やはり良い旅であったな。


「カミュート国中? シャーノではなくて?」


「はい。今はカミュート国におります」


「何故? カミュート国に?」


「色々と忘れたいことがありました。そして王より聞けぬ命令を下されました」


「聞けぬ命令?」

 

「はい。我慢できずに、シャーノ国を飛び出したのです」


 今思えば、自分の身勝手さに苦笑する。


「それほど、お嫌だったの?」


「はい。クリュスエント様の弟君の護衛騎士を、仰せ付かりました」


「あら。名誉なことでしょう? 何故、受けなかったのです?」

 

「私はクリュスエント様の護衛騎士です。幼い貴女に誓った忠誠は一生のものです」


「でも、私は、嫁いでしまったのですよ?」

 

「はい。ですが、私の気持ちが覆ることはありません。ですから、今こうしてお護りに参りました」


「ふふ。そうね。本当にありがとうございます。アイシュタルトが来てくれたこと、嬉しく思っていますよ」


 二人でクラムの背に乗りながらゆっくり話をしていると、ぎこちなかった姫の言葉が、徐々に砕けていくのがわかる。

 嫁ぐ前の姫に戻ったような、その時に戻ることができたような、そんな思いが私の中に広がっていった。


 二日間もあったはずの二人の旅は、あっという間に過ぎ去ってしまう。

 行く手には国境門が見えた。

 私が目指すカミュート国は、もうすぐそこだ。

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