第43話 森での訓練の終わり

 新しい剣はすぐにステフの手に馴染んだ。軽さといい、長さといい、そのどれもがステフのために計られたようであった。

 ステフは初日はぎこちなさを感じたが、ものの数日で剣の扱いに慣れ、兎や狐を倒すようになっていった。


「明日は、加工場の近くの森へ行こう。ルーイの話では、そこにはもう少し大きい獣が出ると聞いた」


「はい。せっかくの剣ですから、早く自分のものにしたいと思います」


「いい心がけだが、あまり無理はするな。犬は向かってくる獣だ」


 犬を倒すことに慣れた時には、私と剣を交えよう。その一言が既に何日も言えずにいた。


「アイシュタルト。当初、剣の訓練は新しい剣が作られるまで、という話でした。そして今、僕の手元には新しい剣があります。いつまで、訓練を続けるのですか?」


「もう、やめるということか? ステフが望むのであれば、それも良い」


「違います! いつまで僕の為に訓練を続けてくれるのかということです。僕に剣術を教えることが、アイシュタルトの為になるとは思えません。このひと月はアイシュタルトの言葉に甘えていましたが、剣ができた今、僕はアイシュタルトの時間を邪魔しているのではないでしょうか」


 ステフらしい気遣いに思わず頬がほころぶ。


「そのようなことはない。私はこれまで人に剣術を教えるなどという機会には恵まれずにきた。騎士団には剣術指南役がいたからな。ステフに教えることで、自分の型を省みることができる」


「そうでしょうか」


「あぁ。心配するな。其方との時間が私の邪魔になっているなどということは、決して無い」


 ステフを鍛えることが、私のためになること。いざコーゼが攻め入ってきた時に、側にいることができぬかもしれぬこと。私はいくつもの隠しごとをしている。

 ステフが犬を倒せるようになったら、これらのことも話をしよう。そして、対人の訓練を始めよう。

 

「それなら、良いのです。もうしばらく、アイシュタルトに訓練をつけてもらえるのであれば、僕としてはありがたいことです」


 ステフが何かを呑み込んだような顔で笑った。あぁ。私が腹に抱えたものがあることをわかっているのだろうな。

 ロイドと話した時のように、何もかもを悟られているような感覚を受ける。ステフの中に、ロイドと同様の旅商人としての才覚の片鱗を見た気がした。


 素の才能を活かして生きているルーイにも、旅商人としての人生を歩き始めているステフにも、私はもう隠しごとはできぬだろうな。

 ステフが次の森での訓練を終える頃には、私は私が抱えているものを二人に打ち明けよう。

 そして私はロイドが話したように『機』を掴みにいく。


 

 ルーイとステフに、私が私の隠しごとを打ち明けるべき時は、私が想定した以上に早く訪れた。

 ステフは半月もせずに犬と堂々と渡り合うようになったのだ。

 もう、旅をするのに困ることはないであろう。それこそ、熊でも出ぬ限りステフが逃げねばならぬことはない。野生の獣であれば、ステフは倒すことができるはずだ。


 私があれほどまでに避けたがった夏の日差しはいつの間にか消え去り、頬を撫でる風には時折り寒さを感じることもある。

 陽が落ちれば気温は一気に下がり、冬の気配すら漂うほどだ。

 コーゼの王はまだご存命であろうか。いつまでこの様に準備を整える時間があるのだろうか。涼しさを感じるようになったカミュートに、いつコーゼが侵攻してきたとしても、不思議はない。


「ルーイ。ステフ。少し話がある。私に時間をもらっても良いだろうか」


 秋風が吹き始めたある日の朝、私は二人にそうもちかけた。

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