第28話 アイシュタルトの変化
「アイシュタルト! 剣は今頼んだだろ?」
「あぁ。だが、ひと月かかると言われたではないか」
「言われた。それで?」
「その間に使うものが欲しい。このひと月で私はステフに剣術を教える」
今朝話していた内容をルーイにも伝え、剣が二本必要だということを理解してもらう。
「この街でひと月だもんな。金、かかるよなぁ」
「他に比べ宿が高いのだろう?」
「移動すれば安くはなりますが、情報を集めるにはここがいいと思います」
「ふむ。訓練を兼ねて、狩りに行く。それが一番効率が良さそうだ」
「じゃあ、俺が情報収集するよ。そういうの、得意だからな」
「頼んだ」
「ぼ、僕は……」
「ステフはまずは剣を手に入れるんだ」
「はい」
三人で役目を決め終われば、まずは剣とナイフだ。武具屋でステフとルーイ、それぞれに見合ったものを手に入れ、すぐに食堂へと向かう。
「本当に戦争が始まるのか、一番気になるのはそこだよな。いくら国境に近いとはいえ、心配ないのなら、このまま旅を続けたいし」
ルーイの意見には反対はしないが、私としてはコーゼの内情も気になるところである。クリュスエント様は、どのような状況なのだろうか。王族に命の危険はないのだろうか。
ただし、それを二人に打ち明けるのは……まだ抵抗がある。一国の姫にあのような感情を抱くなど、不敬罪ともとられかねない。
「アイシュタルト? どうしました?」
「いや、大丈夫だ」
「顔色が悪い。少し、休んでろよ。俺とステフとで話聞いてくるから」
「すまない」
「いいよ。どうせアイシュタルトの言葉遣いじゃあ、まともに答えてくれねぇって」
ルーイに気を遣わせてしまった。私の、個人的な問題であったのに。友人だと思っていても、やはり私は隠しごとばかりか。
しかし姫への気持ちを、軽々しく口にすることはできない。私と姫では立場も違う、叶うはずのない想い。しかも今はコーゼ国の次期王妃だ。ルーイやステフにとってみれば、敵国の者。
そのような方への想いを、二人にどう伝えるべきなのか。それに何を聞いたところで、今の私にはどうすることもできないではないか。
本当に戦争が始まれば、噂通りコーゼが攻め入ってくることがあれば、姫のことを聞けることも増えるだろうか。
それまでは、姫の心配は私の胸のうちだけで。姫への想いはまだ秘めたままで。それでも、二人は許してくれるだろうか。隠しごとの多い私を、信頼してくれるだろうか。
解決することない、自分では答えの出せない問いを、頭の中で繰り返す。
「顔色、余計に酷くなってるぞ。適当に食べて、宿に戻るか?」
「ルーイ。大丈夫だ。気にするな」
「気にしないわけがないだろう! そんな顔色して、何が大丈夫だよ! 大丈夫じゃないって見ればわかる」
「顔色……」
「あぁ! ひでぇ色! 今にも倒れそうだ」
顔色など、そのような指摘を受けたのは、まだ騎士として見習いの頃以来だ。
隠せないほど酷い色なのか、それとも私は表情を隠すことができなくなっているのか。
怒りを腹に抑え、笑いを噛み殺し、喜びを受け流し、悲しみをこらえ、そうして城では生活してきた。その私の顔色が酷いというのか。
いつから、このようになってしまった。いつから、ルーイに隠せなくなってしまった。
隠せないことが、取り繕えないことが、良いのか悪いのかさえ、私には判断できない。
自分の足元がゆがんでいるような気がする。座っているはずなのに、どこかへ落ちていくような気がした。
「アイシュタルト! 宿に戻るぞ!」
ルーイがそう言うと、私の体を支えて立たせた。酷く酔った時のように、足元がおぼつかない。ルーイに掴まっていないと、このまま倒れてしまいそうだった。
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