Chase the mirage! ――彼方を追え!――

 龍一は無言。心の中でも無言。追った、ひたすら追った。KBカーを。

 向かって左側のスタートからゴールまでの距離を示す縦線の三角矢印も、どんどんと上へ上へあがり。あといち区間を残すこととなった。

 まだKBカーはうっすら見える。

「ふうー」

 と龍一は大きく息を吐き出す。

 草原区間を抜け森林区間に入る。交錯する木陰と木漏れ日。i20とミラージュはほぼ同時に入った。

「すごい。まるで同時に操作してるみたい……」

 優佳は驚きつつ小さくつぶやく。

「……」

 龍一とフィチは無言。

 森林の中の下りの右ミドルコーナー。まだうっすらとKBカーは見えている。

 ミラージュとi20は荷重移動によるブレーキングドリフト状態でコーナーに入る。ブレーキを緩めに、アクセルを深めに、踏んで。

 両車の4つのタイヤが激しく回り、砂利が跳ねる音とマシンの咆哮が耳を通して心に響かされる。

「……! 前?」

 ソキョンがぽそりとつぶやいた。

 ディスプレイの、向かって右上に表示される順位は。それぞれ、Dragonが、Spiral Kが前になっていた。

 コーナーを抜けつつ、KBカーに迫り、ついにそのうっすら見えるボンネットが見えなくなった。

「って言うか、同時に、同じところで……」

「双子の兄弟なのかもね」

 優佳の驚きにソキョンが反応を示す。

 コーナーを抜け、次の左のヘアピンカーブ。i20とミラージュはダンスかのようにリアテールを振り、タイヤを回転させ砂利を散らしながらヘアピンカーブを抜けた。

 シムリグとリンクするフィチと龍一の身体の動きは、明らかに速さが増していた。マシンの向きが、ハンドルが、まっすぐになることはなかった。

「かなりギリギリに攻めてるわね」

「……」

 ソキョンはぽそりとつぶやき、優佳はだんまり。胃がキリキリし、喉がヒリヒリする。

 もし安全/危険を示すメーターがあれば、針はギリギリ安全圏内で、危険の本当に少し手前を指していることだろう。

 前から後ろへと景色は流れてゆく。もうすぐゴールのはずなのに、やたら長く感じる。それでも、アクセルを踏む限りやがてゴールは来る。

(ああ、もうすぐ終わりか……)

 ふと、龍一は終わりが惜しい気持ちになってしまった。まだまだKBと走りたかったなあ、と。

 KBカーと走れるのは、この大会の予選だけ! 

「さようなら、オレたちのヒーロー!」

「안녕, 우리의 영웅!」(アンニョン、ウリエ、ヨンウン=さようなら、僕たちのヒーロー!)

 龍一とフィチ、同時につぶやく。

「トゥ、フィニッシュ!」

 コ・ドライバー、フランシス・シェイクスピアの声がした。ゴールゲートに飛び込んだ。

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