(八章)図書委員会の少年たちと(1)
三人でとりかかったら、必要な本もあっという間に一つのダンボール箱に収まった。
授業で使う分の資料というから、何十冊あるんだろうと思ったら、予想していたよりも少なめだった。どうやら一般教養の方らしいけれど。
「…………確かに、飛ぶ、ってめちゃくちゃ便利」
「…………まさか本当に、伯爵令嬢で第二王子殿下の婚約者という立ち場の人が、がんがん手伝ってくるとは、僕も思わなかったよ」
眼鏡をかけ直す仕草で口元を隠して、背が低い方の少年もそう言った。
ふわふわ浮いたリリアの存在は、高い本棚の上から見えていた。作業が終わるまで、館内にいた令息令嬢達がポカンとして見てもいた。
「下にズボン……」
「手際がこなれている感が、すごい……」
「レイド伯爵が、自分でも畑仕事やるって本当なのかな」
天井を背景にしたリリアの姿が見えなくなった途端に、交わされる声が増した。
だが当人のリリアは、タイトルが記されたメモ用紙と本に視線を往復して、きちんと全部揃っているのか確認していた。
「この箱、持って行っていい?」
よしとダンボール箱にふたをしたところで、くるりと振り返って確認した。
リリアの声に、二人の少年がハタとした。すぐ背の高い少年が軽く頭を下げて、眼鏡の少年もあとに続く。
「手伝ってくれて、ありがとうございました、先輩」
目上の身分らしく扱うたび、ジロリと睨まれていたから学生っぽい感じで言った。
「よろしい」
リリアは、ふふんっと胸を張って答えた。
チラリと本人の反応を窺った二人の少年が、ほっとした様子で頭の位置を戻す。
そこでようやく、リリアは見える範囲内にいる少年少女達から、見られているのに気付いた。知らぬふりをして、視線は向けないようにした。
けれど隠してもいない狐の耳は、ぴくぴくっとそちらに反応している。
――第二王子の婚約者の、あやかし令嬢。
とくに、前者の方があって見られているのだろう。
リリアは相応しくない。先日の公爵令嬢アグスティーナを支持している生徒達なのか、ひそひそとそう嫌な感じで陰口もされていた。
その嫌な感じは、最近強まっている気がする。
いや、もしかしたらリリアが、これまで目にかけていなかっただけなのかもしれない。だから気付くのに遅れただけで、本当は月日が経つごとに彼女の方の味方が増えていっていて、反感も日ごと増しているのだろうか。
――それ、サイラスの方は、大丈夫なのだろうか?
宿している魔力も、体の外に漏れ出さないよう抑えられつつある。
それを踏まえて、なんやかんやと仕事の邪魔になるような『助言』だとか、されたりしていないだろうか?
リリアは、急きょ必要だったから立てられた、偽物の婚約者。
しばらくは互いに、自分のことに専念できるからといった思惑だってあった。しかし、そうやって仕事の集中を欠かれるようでは、本末転倒だ。
……今の彼の状況から考えると、十六歳まで待つ必要なんてそもそもないのでは?
「怖い顔、してますね」
不意に、背の高い方の少年の声が耳に入ってきて、リリアはハタと我に返った。
「え? ああ、別にあなた達が悪いわけじゃないのよ。ちょっと個人的に、ね。気にしないで」
ぎこちなく表情を取り繕って、そう答えた。
二人の少年が、高さの違う目線から互いを見合う。ふと、しっかり者の印象があるノッポの少年が、リリアに目を戻してきて言った。
「何か思うことがあったみたいですが、もしかして婚約者であること、ですか?」
うっ、とリリアは返答に窮した。
どう答えようかと考えていると、すぐに彼がこう続けてきた。
「図星みたいですね。もしかして先輩って、結構顔に出る人なんですかね?」
どうだろう。そう面と向かって言われた記憶はないような、いや、でもよくよく思い返してみれば、あるような……?
眼鏡の少年が、ぎこちなく彼の袖を引っ張った。
「僕は、お前が『いい』と許可された途端、ずかずか言えるところが怖いわ」
「将来大物になるんなら、これくらいの度胸は必要だろう。お前も慣れろ」
「え、マジで高官を目指すのか?」
「当然だろ。俺、小さな貴族の五男だからな。親と兄弟のためにも、ちゃんと自立して立派にやらなきゃならねぇ」
スパッと答えた彼の目が、「ところで」とリリアへ戻る。
「殿下とは『喧嘩するほど仲がいい』というのは聞いてますよ。お休みされたら、あのお忙しい中で時間を見付けてお見舞いに行かれた。しかも、それが二回もあったとか」
「あっ、やっぱりの前のも、『お見舞い』になっているのね!?」
「はぁ。だって、『お見舞い』でしょう?」
何を言っているんだろう、と彼が見つめ返してくる。眼鏡の少年もきょとんと見てきて、リリアは「うぐっ」と言葉を詰まらせた。
あれは体調不良でもない。なんとなく休んでしまったことだ。
でもやっぱり、サイラスは『見舞いに行った』だなんて言いふらしていたようだ。推測されたことが、とっくに現実になっていた。くそぅっ、とリリアは悔しがる。
「いや、あの、だから婚約中の御身の心配はない、とお伝えしたかったんですけど……」
気遣いが空振りしたらしいと察したのか、背の高い彼が言いながらぽりぽりと大人びた顔をかく。
「先輩、聞こえてます?」
「何が?」
一瞬、本気で分からなくてリリアはきょとんとする。
「あ、俺の呟きすら聞こえていなかったんですね……。殿下、結構考えてくださっていると思うんですけど、何かあるんですか?」
「別に、何もないわよ。それに『考えてる』だなんて大袈裟よ」
婚約破棄の予定であるのは、他には知らされていない。リリアはぎこちなく笑って。思うところを言った。
「さっきの『仲がいい』という感想も、そもそもアレで……今期の入学組みにも『また騒ぎ起こしてる』って言われるくらいじゃないの」
彼らが初っ端、自分を見て例の婚約者だと気付いたのが、いい証拠だ。
悪い方の噂があって、よく知られているのだ。リリアがそう思って伝えると、眼鏡の少年の方が「おや?」と小首を傾げた。
「あの、一つお聞きしてもいいですか?」
「何?」
「殿下は以前、魔力酔いの件もあって学院に関しても、特別待遇授業になるかもしれないと言われていたのですが、それはご存知でない?」
「特別待遇?」
何ソレ、と、質問が唐突でリリアは首を傾げる。
眼鏡の少年が、その頭の上でぴこっとした狐耳をつられて見た。気付いた背の高い少年が、おいおいと彼に呆れてリリアに教える。
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