(七章)姫様、王子と過ごす(1)
リリアは、サイラスと場所を移動して、小さな野花が咲く屋敷裏に腰を下ろした。
ここからなら、屋敷の中にいる使用人達からも見えるからだった。貴族のマナーでは、結婚前の男女が二人きりになるのはあまりよろしくない。そして、仕事に行くのを渋った父の事情もある。
わざわざテーブル席などは設けなかった。
どうせ彼も望んでいないだろう。服装を見るに、また仕事の途中であるのを考えれば、この間と同じく長居はしないはずだ。
「すぐに帰るんでしょ?」
沈黙がなんだか落ち着かず、リリアから声をかけた。
「そんなに時間は取れないからな」
推測した通りの返事があった。学院に通い始めてもあまり言を交わす機会はないくらいに、彼が仕事や公務へと移動する忙しい姿は見掛けていた。
そう、とリリアは相槌を打って視線を前に戻す。
会話が途切れて、また沈黙が流れた。
「なぁ。その……なんだ」
ややぎこちなく切り出したサイラスが、言葉に詰まって小さく咳払いする。
「お前は、俺と話しをするのも関心がなくなったのか?」
「はぁ?」
唐突にそんなことを訊かれて、リリアは訝った。
まじまじと見てみれば、言葉を考えているようなサイラスの横顔があった。相変わらず、無駄に端整な顔立ちをした男である。
十五歳にしては大人びているなと思ったところで、そういえば、自分より先に十六歳になるんだったと思い出した。昨年も、秋に大きく誕生日が祝われて、リリアも婚約者として渋々、父と一緒に出席したのだ。
「なんでそんなことを訊くのよ?」
リリアは、ようやく質問に答えた。
するとサイラスが、やはりこちらを見ないまま歯切れ悪く言う。
「無関心に、なられたのかと。……そうすれば、おのずと話すことだってなくなるだろ」
「気が向かないってこと? あのね、らしくない沈黙をされると、そわそわするの。気にもならないんだったら、私はそんなこと悩んでないからっ」
実のところ、先程言葉のやりとりが止まっていた間、もうとにかく落ち着かないでいた。
いつもと違って、サイラスの行動がいまいちつかめない。緊張を感じているのは負けた気がして、リリアは『用件があるんなら言えやコノヤロー!』と弱った目で威嚇した。
サイラスが、ここにきてリリアへ視線を返した。
「そう、か」
またしても、彼がらしくない下手な咳払いを挟む。
「なんで学院に来なかったんだ?」
先程と同じ質問をされて、リリアはチラリと睨み付けた。言葉を察したのか、調子が戻り出したように彼が先に言葉を続けてきた。
「コンラッドから話は聞いた。アグスティーナ嬢達と接触したあと、放電騒ぎがあったんだろう?」
「うっ……それは、別に私のコントロール不足じゃなくて」
咄嗟に、バカにされるかもという思いが過ぎった。しかしリリアは、言い訳しかけて、すぐ自分の非を認めた。
「あの子は、別に悪くないわよ。……私が、強い放電期が終わったばかりで、妖力をきちんと制御できなかっただけ。そうしたら、誰かがコンラッド様を連れてきてくれたの」
ふいとサイラスから視線をそらすと、スカートごと足を抱き寄せて、ぼそぼそと答えた。
それが、騒ぎの流れだ。
リリアが放電しかけなければ、あれほど騒がしくはならなかった。そして、サイラスのことを思ったからこそ、アグスティーナが注意してきた意図もあったと考えれば、彼女の指摘はごもっともだ。
ふと、頬にサイラスの指をあてられて、リリアはびくっとした。
「な、何?」
びっくりして見つめ返すと、彼が頬に落ちたリリアの髪を後ろへとやってから、そっと手を離した。
「なんでも」
なんでもっていう感じじゃなかったけど……。
リリアは、普段から全く飾り一つしない自分のプラチナブロンドの髪を見た。確かに頬によくかかるので、他の女の子達みたいに少し留めるでもした方がいいのかしら?
きっとサイラスは、見慣れなくて、邪魔じゃないんだろうかと思ったのかもしれない。
頭にある狐耳ごと首を傾げて、リリアは少し考える。
「どうして来たのよ。わざわざ事実を確認するため?」
そういえばコンラッドは、あの小説のことはバラしていないだろうな。ふと思い出して、尋ねつつ疑い深く観察する。
リリアにまじまじと見られたサイラスが、初めて視線をそらした。
「負けず嫌いなのに、どんなに待っても来なかったから」
負けず嫌いなのはサイラスの方だ。学院で再会した後、何度目かに顔が合った際、わざわざ飛べるようになったことを競うようにして言ってきた。
その前に妖力と魔力をぶつけあって見てますけど、それが何か?とリリアは思ったものだ。
おかげで、半妖のあやかし令嬢だというざわめきは、あの王子も半端ないよなぁ、という畏れと尊敬の交わされる言葉でも大きくなっていた。
そういえば、その直前に香水のやりとりをしていたような――。
近付くと、その妙な果実の匂いが鼻をかすめて、辛かった時期があったのを思い返していると、サイラスがこちらを見た。
しばらく、何も言わず見つめられた。
「何よ?」
訝って問いかけたら、彼の視線が一度、リリアと自分の間へと向けられた。そして、隣に座っている彼女へと再び目が戻される。
「こうして座っていても、怒らないんだな」
「ん? 地べたに座らせたことなら、謝らないわよ。いきなり来たあんたが悪いの。田舎貴族だし、私は普通にこうやって草の上に座るのも普通なの」
嫌味を言われるのを見越して、先手を打ってリリアはぴしゃりと言った。
「そういうことじゃないんだが」
そうぽつりと口にした彼が、一度、思案気に宙を見る。
「もし、ここに他の令息が来たとしたら、お前はここに座らせるか?」
「はぁ? なわけないでしょ、即刻で追い返すわ」
リリアは、キパッと答えた。
コンラッドみたいなタイプは稀だろう。人間の貴族は、あやかし嫌いが圧倒的に多い。それにリリアとしても、人間の赤の他人を隣に座らせるとか絶対に嫌である。
「そうか」
流れていった風につられたようにして、サイラスがそちらへ目を向けてから、独り言のように呟いた。
なんだか、機嫌が少し戻った、みたいな……?
気のせいか、訪問からずっとサイラスが元気がないというか、考え込んでいるみたいにも思っていた。とくに、父に謝罪した時そう感じた。
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