(三章)パーティー会場にて

「顔を合わせるたびに文句を言い合っているのに、『殿下に媚びを売るなんて卑しい』ってなんなの? 私があんなやつに頭下げて媚を売るかーっ」

「あ、そっちでお怒りなんですね? ははっ、さすがプライドがお高い」


 今や、獣耳については、胸を張って「人間ではないですし」と答えた。人間にはない力についても「そんなに気になるのなら、今すぐお試しになられます?」と軽く威嚇もできる。


 ――だが、婚約の云々については、ダメだ。


 第二王子サイラスと婚約をしている自分が、将来の結婚のため時には尻尾を振っている(?)という言い方をされるのが、本気でダメだった。


 どうもプライドの高い妖狐の姫として、腹が煮えくり返るくらい許せないのである。


「あいつの瞳の色っぽいドレスって聞こえたのが、もう入場してすぐから嫌だった。いちいちそんなこと考えて、着る? 気に入ったドレスがこれだったのッ」

「うんうん、知ってますよ。俺もうっかり忘れてました。旦那様の目の色に、合わせたつもりだったんですけどねぇ」

「あーもーッ、歯がうずうずするし余計苛々する!」

「ははは、仔狐の歯が最後の成長時期ですから、仕方ありません。落ち着けば苛々も減ると思いますし、ひとまず肉料理でも齧っておきましょう」


 アサギが、よいしょと立ち上がって、手ごろなキチンを二本手に取った。


 そのうちの一本を寄越されたリリアは、それを忌々しげに噛み千切って咀嚼した。味がよく分からない。屋敷の料理長達が作ってくれるものの方が、美味しい。


「あ、姫様見てください。令嬢達と、それに囲まれる〝人間の第二王子〟です」

「別に見たくない」

「ははははは、彼を頭からバリバリ食べているのを想像したら、この肉料理も美味しく感じられると思うんですよ」


 あのお見合いの一件以来、アサギは人外という差別用語のお返しのように、サイラスのことを『人族の第二王子』と嫌味っぽく呼んでいた。


 アサギが目を向けたので、つられたようにリリアもそちらを見た。


 ダンスフロアから少し離れた位置で、立ち話をしているサイラスの姿があった。


 ここ数年で無駄に身長も伸び、美貌にも磨きがかかっていた。第一王子と違ってあまり愛想も振ふらないというのに、口角を引き上げる挑発的な笑みだけで令嬢達がきゃーきゃー騒ぐ。


「……あんなの、どこがいいのかしら」


 向こうにいる令嬢達は、学院でも見覚えのあるメンバーだった。ここ最近は、すっかりサイラスの取り巻きである。


 彼女達はサイラスと話しながら、向こうのダンス会場を、ちらちらと気にしている様子でもあった。ダンスの権限をめぐって、静かな奪い合いも水面下で勃発していそうだ。


「触れたら魔力酔いを起こすから、ダンスなんて無理なのにね」

「ははは、だからダンスフロアから離れているんでしょう」


 アサギは相槌を打ったが、興味はなさそうだ。


「まっ、あの距離まで近づいても大丈夫ということは、彼の方も魔力のコントロールが随分成長した証拠でしょうね」


 とくに関心もなくアサギが言って、焼きキチンを骨ごとバリバリと食べた。


 リリアは、つい自分と比べて何も言えなくなった。


 そこに関しては、向こうの方が鍛錬も積んでいることは認めていた。いまだリリアは、カッとなって放電してしまうことも多い。


「姫様の場合、仕方ないです」


 沈黙から胸中を察したように、アサギが何食わぬ顔で言った。


「普通、これだけの妖力を持っていたら、外をほいほい歩けないくらい影響を与えますが、仔狐にしてはかなり上達が早いほどです」


 そうは思えない。こうして人間が多くいる会場でアサギが常に付いているのも、リリアがうっかり暴走してしまうのを止めるためなのだ。


 現在、サイラスは最強の魔法使いとして、十五歳の身で既に王宮魔法部隊をとりまとめていた。


 国内に五人しかいない無詠唱魔法の使い手で、独自に様々な魔法も編み出し続けている天才。それなのに満足せず魔法修行、研究、と鍛錬も重ねて力と技を磨き続けている。


「欲張って『もっと』というのが、私には分からないなぁ」


 リリアは、鳥肉を歯でぶちっとちぎると、もぐもぐしながら呟いた。向こうを観察している彼女を、気付いた紳士の二人が「うわっ」「丸ごと一本手に持って食べてる」と見ていった。


 人間の魔力量は、産まれた時から変わらない。


 でもリリアは違う。生きていく分だけ、妖力量が増える。


 量でいえば、とうにサイラスを超えていた。しかし彼は魔法技術一本で、リリアが気絶させるつもりで放った妖力の圧にも、耐えられるほどの結界を作ったりするのだ。


 学院や社交行事で睨み合いの末、魔力と妖力をぶつけ合うこともしばしあった。


 プライドの高い剣士同士が、自分の方が上だと威嚇するのと、ちょっと似ている。


 それもあって、リリアの人外評価はより強くなっていた。令嬢達は第二王子の妻に「化け物は合わない」と、勝手な正義感を滾らせている感じでもある。


「と、同時に、姫様には『第二王子しか無理』という意見も出ちゃってますけどねー」


 リリアが食べ終わった時、アサギがそう言った。


「何よ、それ? 嫌味?」

「ほら、皆さんは、やっぱり我々の力が怖いわけです。雷撃なんてくらった、ひとたまりもない。そこで登場するのが、最強の魔法使いの称号も得た第二王子殿下なんですよ」

「ふうん。つまり、ストッパー?」

「そうです。だから令嬢達が反論しても、大人の大半は大人しいわけです」


 興味がない。紙の上の婚約についても、同じことだ。


 だって、いつかはなくなる関係で、そもそもサイラスは自分のことを嫌っている。


 リリアは、今のリリアをそのまま見てくれる人のことを考えていたい。脳裏を過ぎっていったのは、一心に愛してくれる父の姿だった。


 大妖怪の母を、そのまま愛してくれた人間ひと


「父様、もう少しかかるわよね」


 リリアは、しゃがんだ足の上で頬杖をついた。歯のうずきが少し解消されたことで、苛立ちも落ち着いた。見飽きて、もうサイラスの方を見るのもやめていた。


 すると察したアサギが、言いながら立ち上がった。


「ここはキラキラして目が疲れますねぇ。狐の目には、眩しすぎていけません。姫様、外で気分転換でもしましょうか。旦那様の動向は、俺が妖力でみているんで心配ありません」


 そのまま手を差し出され、リリアは「そうね」と答えた。


 こうして適度に息抜きさせてくれるのは助かっていた。手を握ったら立ち上がらせてくれて、リリアはアサギといったん会場をあとにした。

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