(二章)最悪なお見合い(2)

「魔法訓練でも倒れたことがない俺の経歴に、傷を付けたな!」

「はぁ? くっだらない理由っ、んなの知るかっての! なら一発頭に食らわして記憶をぶっ飛ばして、そのまま送り返してやるわ!」


 言い終わらないうちにも、二人は動き出していた。


 サイラスが腰の杖を素早く抜き取り、走りながら氷の攻撃魔法を放った。リリアも幼い牙を剥いて、同時に駆け出し向かってくる氷の柱を次々に電撃を放って打ち砕く。


 ツヴァイツァーが止める声も聞こえなかった。呑気なアサギの笑い声を聞いて、宰相ハイゼンが遅れて指示を出し、護衛達が制止の言葉を投げつつ向かい出した。


 けれど二人の魔法攻撃は、ほぼ同格の強さでぶつかり合っていた。


 その衝突は空気を震わせて、放電の威力で魔法部隊軍の一部が「わーっ」と弾かれる。


 そのうえ、どちらも十二歳とは思えないほど魔法の展開が速かった。一瞬でも目を離した方が負ける。そう分かって、リリアとサイラスは、互いを睨み据えたまま止まらなかった。


「無礼にもほどがあるぞ小娘!」

「小娘ですって!? じゃあ、あんたは小僧でしょうが!」


 同じ年齢なのに、何言ってんだこいつ!


 リリアは、止まることなく電撃を放ち続ける。それを防いで弾くサイラスは、杖一つで無詠唱に次々と氷の魔法を発動させていた。


「俺はっ、これっぽっちもお前になんか興味がない!」


 動きながら彼はそう主張する。


「それなのに、お前がいたせいで昔っから『どうですか』と、ごとあるごとに言い聞かせられていたんだ。それなのに実際会ってみたら、こんなちんちくりんの礼儀無しとは!」

「こっちが大人しくしてりゃ言いたい放題言いやがって! こっちだって二年前から大変迷惑してんの! 私もあんたになんか興味ないわよクソ王子!」


 その時、リリアは自分をとらえようとする巨大な魔法陣を察知して、咄嗟に浮かんで空中へと逃げた。


 はじめて見るものだ、これが人間の魔法?


 宙に浮かんだリリアは、発光している魔法陣をまじまじと見た。肌に合わない嫌な感じがするのは、彼が自分向けに対属性の魔法でも精製しようとしているからだろうか?


 そう思案したことも、長くは続かなかった。


 その一瞬後、空中からそのまま並行されたサイラスが、「なッ」と目を剥いた。


「お、おまっ、飛べるのか!?」


 感じたのは驚愕。それから、それは一体なんだと、はじめて見る得体の知れないモノへの拒絶感だった。


 あ、これ。すごく嫌だな。


 普通は、こういう反応なのだろう。


 でも、これまで外へ出たことがないリリアは、露骨な強い拒絶を目に留めた途端、ずぐっと胸の奥が痛むのを感じた。同じ年頃の彼の目には、飛行している自分の姿が映っている。


 一瞬、攻撃するのをリリアは忘れた。


 その時、同じくプライドが高く負けず嫌い、と言わんばかりにサイラスが文句を言い返してきた。


「レイド伯爵も、また随分な〝人外の子〟を持ったものだな。あっさりと簡単に空を飛んで見せるとは。それにあやかしを執事にするなど」


 リリアは、続く言葉を全部聞くことができなかった。


 ――パキン、と、心の奥に大切にしまい込んでいたナニかが、壊れる音がした。


 ヒトヲ、ミンナ、嫌イニ、ナリタクナイノ。


 でも、自分から拒絶してしまえば、傷付かないのではないか。だから……と、これまで感じたことのない感情の爆発のままにリリアは両手を高く上げ、制限を外して妖力を練り上げた。


「私のことを馬鹿にするのは構わないけど、母様を愛した父様や、アサギのことを侮蔑するような態度は無性にむかつくわ!」


 差別の言葉が、初めて、深く深く胸に突き刺さった。


 やっぱり分かり合えないんだという現実に、リリアは本当のところ強く傷付いた。とても怒っているのに、同時に泣きたい気分で。


「お前? もしかして泣いて――」


 その怒る瞳に涙が浮かんでいるのを見て、サイラスが僅かに動揺を見せた。


 だが直後、リリアは彼の言葉を遮っていた。


「うるっさい馬鹿! アサギには話で聞いてたけど、これでハッキリした。私だって……っ、私だって〝私達〟を嫌う〝あんた達人間〟なんか、大っ嫌いよ!」


 空中で止まった彼女が、ありったけの妖力を込めて攻撃態勢に入る。


 両手に集めた眩しいくらいの放電の固まりに、サイラスが足を止めて両手で杖を構えた。まずいと思ったのか、大魔法の詠唱を始める。


「私、妖狐でいい! あんた達に、人間だとかそう思われなくったっていい! 人間なんて嫌い! 大嫌いっ!」


 ――父が好きだ。屋敷のみんな大好きだ。領民だって。


 言葉にするごとに、彼らのことが過ぎって、胸が張り裂けそうだった。でも、自分にそう言い聞かせないと、気付いたショックで動けなくなりそうだった。


「いつか大妖怪になって、あんた達なんか虫けら扱いしてやる! あ、あんた達人間なんてッ、大嫌いよぉぉおおおおおおお!」


 ぶわりと涙が溢れた直後、リリアは巨大な雷を放とうとした――のだが、それは直前に妨害されて食いとめられた。


「ちょっと待ったぁぁああ!」


 唐突に飛び込んできた黒狐が、そう人語で叫びながらリリアの身体に体当たりした。彼女の手から妖力が離れた瞬間、その集められた妖力に向かって激しい業火を放つ。


 ぶつかりあった妖力が爆発し、身を庇ったサイラスが吹き飛ばされた。護衛騎士が慌ててその身体を受け止め、共に地面に転がり落ちながら、熱風から王子を守るように抱き寄せる。


「姫様! なんっつう量の妖力を集めてんですか! 」


 狐姿のアサギが、消えた炎を確認してすぐリリアに言った。


「へたしたら雷雲級の雷になってましたよ!? 屋敷の一部もろとも吹き飛ばすおつもりですかっ」

「うるっさいわね! なんで邪魔したのよ、アサギ!」

「彼らはこの土地の人間ではないのですから、姫様の放電で呆気ないくらい吹き飛びます! 妖狐の加護があるから、旦那様とかは平気なんです!」


 ビシリッ、と、アサギが教育係として説教する。


 人の手が届かない空中で、リリアと黒狐がぎゃあぎゃあ話していた。それを前に、現役部隊の魔法使い達がぽかーんとした。


「き、狐が人の言葉を喋ってる……」


 手を借りて立ち上がったサイラスも、そちらへと目を向けると、王宮の使者達と揃って唖然とした。


 けれど、この光景は、レイド伯爵家とその領地ではいつものことだ。


 使用人達がホッとして、今やるべき仕事のため動き出した。ツヴァイツァーが娘の無事に安堵しつつ、しばし娘と執事の喧嘩を困ったように見つめる。


 と、不意に、リリアの目から涙がこぼれた。


 アサギがギョッとして、長い二本の尾をぶわっとさせる。


「ひ、姫様!?」


 それを目にした瞬間、ツヴァイツァーの雰囲気は一変する。


 彼が、無言で動き出した。


 その一方、荒れ果てた伯爵邸の庭の一部を見渡していたハイゼンは、今にも倒れそうな顔だった。しかし唐突に声をかけられて、びゃっと飛び上がった。


「宰相殿。少しよろしいですか?」

「ッわぁ!? あ、ああ、すみません、レイド伯爵」

「第二王子は、王宮でもかなりの問題児だったのですか?」


 唐突に、呑気とも思えることを尋ねられて、ハイゼンは意図を掴みかねて半ば拍子抜けて「はぁ」と答える。


「そうですね、将来は王弟として兄上を支えるため、鍛錬にも励んでおられるのですが、武才にも長けているものですから、尊敬している父上や兄上以外は下に見ているところもあり、周りの教育者たちも苦労している、と言いますか……」


「それで?」


 じっと見据えて、ツヴァイツァーが淡々と問う。


「今回、半ば強引に、ウチのリリアと見合いをさせた〝魂胆〟を聞いても? あれだけしつこく手紙を送ってきたことに理由はあるのですか?」


 ハイゼンは、どうしてか下町のごろつきに尋問されているような錯覚を受けた。気圧されて、しどろもどろに打ち明ける。


「実は、妖怪国との縁が欲しかったのも確かではありますが、一番は、現在の殿下の体質もあります」

「体質? ほぉ、それは魔法使いとしての才能の方が原因、だったりするんですかね」


 宰相の切り出しを聞いて、ツヴァイツァーが促す。

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