二章 人間国の王子様とのお見合い(2)

「姫様、リボンまでされてないじゃないですか」

「これから自分でするの。それよりも、これってもしかして人間の魔法? 耳がピリッとする違和感があったわ」


 リリアは、胸元のリボンの紐をしめつつ尋ねた。


 アサギが「はい」と答えて、再び顔を前へと戻した。ずっと遠く、森の向こうを眺めつつ口を開く。


「莫大な魔力量ですねぇ。王宮の魔法使い達も、殿下を中心とした魔法展開に対して、実にいい働きをされている。――しかし」


 そこでアサギが、口をニィッとして、グルグルと獣の喉を鳴らした。


「それでもレイド伯爵領にかけられている、我らの結界までは破れなかったようで。手前の着地になったみたいですね。あー、愉快、愉快」

「結界なんて張ってあるの?」

「ありますよ。戦乱の時代に、馬鹿な魔法国家の人間共の一部が、当時の伯爵に手を出そうとしたとかで、かなり強力なものに貼り直されたそうです。黒狐と白狐の合同結界ですから、オウカ姫ほどの大物級でないと、破れないと思います」


 アサギは、前足をちょっと向けてリリアに教えてやる。彼女がきちんとリボンを仕上げられたのかも、ついでに確認していた。


「その結界って、私でも見える?」

「ん~、仔狐の視力では、難しいでしょうねぇ。各地に繋げてある妖怪国の入り口が見えるようになれば、恐らくは可能だと思いますが。ああ、第二王子が来ることは〝里のモノ〟も知ってますから、誤って襲撃することもないですからね」


 取って付けたようにアサギが言った。


 その後、リリアは彼と地上へ降りた。すぐにアサギが人間姿になって、自前の執事服をきちんと整える。


 ――そして、第二王子一行の到着が、屋敷の玄関前で待たれた。


 ツヴァイツァーも、今や立派な紳士用の正装に身を包んでいた。目に眩しくない控えめな金髪もセットされ、穏やかな笑顔を浮かべる様子は、実にハンサムである。


 リリアは、細かいひらひらも多く付いた可愛らしいドレスだ。普段は下ろされている綺麗な髪も、今日は一部の横髪をすくい取って後ろで大きなリボンでとめていた。もちろん、見えないのをいいことに、下には少年たちがよく履いている長ズボンを着ている。


「姫様、顔がすごく怖いことになってますよ」


 伯爵家の執事として、そばに控えているアサギがちらりとリリアを見下ろす。


「黙ってて、アサギ。いいのよ、奴らが来たら、きちんと演技するから」


 彼女は視線も返さず、むっつりと言い返した。腕を組んで仁王立ちする姿は、喧嘩上等、かかってきなさいと言わんばかりのオーラを放っている。


 少し心配したツヴァイツァーが、娘を呼ぶ。


「可愛いリリア、そう警戒しなくてもいいんだよ。いちおう手紙で色々と先手は打って、連れる護衛に関しても、人選させる旨の返事だって聞いてるから」

「へぇ。ふうん」

「全然信用されていない……」

「そりゃ、こっちから牽制するような手紙を送ったあとで、ごりごり婚約を押してくる返事を寄越されたら、そうなりますって」


 アサギが、おろおろとするツヴァイツァーにしれっと教えた。


「でもアサギ、いつもあーんなに愛らしい俺の、可愛い可愛いリリアが『喧嘩を受けて立つ』みたいな――」

「まったく旦那様にそっくりじゃないですか。まさに小さな旦那様です」

「んなわけねぇだろ俺も大人になったんだよ!」


 ツヴァイツァーが、胸倉を掴んでドスの利いた声で凄んだ。結婚前も知っているアサギは、はははと作り笑いでさりげなく事実を述べる。


「だから、そういうとこ全く変わってないんですって」


 その様子を、屋敷の前に並んだ使用人達が心配そうに見ていた。アサギはそれにも気付いていたから、言いながらひらひらと片手を振って大丈夫だと伝えていた。


 そうしている間にも、行進して向かってくる、王宮からの訪問達の姿が見えてきた。


 列の前後には騎士団。中央には、王家の紋章が入った豪華な馬車があった。その周りを、同じく馬に跨った王宮魔法部隊の小隊が固めている。


 仰々しい護衛部隊である。それがレイド伯爵邸へ向かって行進していく様子を、畑仕事や家事のかたわら、領民達が物珍しげに見送った。


 やがて、その一団が、レイド伯爵邸に到達した。


 豪華な馬車がゆるやかに止まり、その中から二人の人間が下車する。


 屋敷の前には、レイド伯爵であるツヴァイツァー。娘であるリリアと、執事のアサギが並んで立っていた。その後ろに、歓迎を示して三十人もいない全使用人が迎える。


「ようこそお越しくださいました。私がレイド伯爵家当主、ツヴァイツァー・レイドになります。こちらが当家の執事アサギ、隣が娘のリリアになります」


 まずは、ツヴァイツァーが先に言葉をかけた。到着した来客達は、狐耳を持ったリリアを見て僅かに反応したものの、すぐにさりげなく表情を戻していた。


 そんな彼らの前に、一人の貴族と共に子供が進み出てきていた。リリアと同じ年頃の、ブラウンの髪に森色の瞳をした美しい少年だった。

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